短編集
51. 虹を架ける (1/1)
ごうごうと風が呻くので、気になって話しかけてみた。
「ねえ君、今回はどうにもうるさすぎやしないかい」
「何だねお前さんは」
「私かい? 人工衛星というものだよ。地球の周りを回っているんだが、最近見かける君はどうにも暴風域が広すぎる」
「いや何、大したことじゃあないさ。目に塵が入って痛いだけで」
「目に?」
「『目がゴロゴロする』と言うだろう。僕も今そんな感じなのさ。ゴロゴロして雷が止まらない」
「驚いた、君の涙は雨ではなく雷だったのか。じゃあ君、ゴロゴロしなくなったら落ち着いてくれるかい?」
「ゴロゴロしなくなるなら落ち着きもしようさ」
「なら一つ提案さ。何、私もそろそろ本腰を入れて奇跡の一つでも撮らないと、ドローンとやらに芸術性が追い抜かれる頃合いなのだよ。技術革新って怖いねえ」
提案を受け入れてもらえたので、私はさっそく彼の目の上へと移動して、そちらへとカメラを向けた。
***
「これは美しい光景です」
地上でテレビ局のアナウンサーが言う。
「人工衛星からの映像で、台風の目の中を通して地上を撮影したものです。一度閉じた台風の目が再度形成され、その直後、目の内部に虹がかかりました。虹というのは太陽を背にすると見えるというのが有名ですが、人工衛星からも撮影ができるのですね。とても美しい。人工衛星からでないと撮影できない奇跡です。まるで地上が七色に彩られたかのようです」
***
「目薬の塩梅はどうだい」
私が訊ねると、彼は「おかげさまで」と穏やかに笑った。
「目の中に雨を降らせてみるというのは思い付かなかった。こう、目をどうにかこうにか絞ってね、一瞬だけ目を閉じることができたのさ。塵も雨に流れて地上に落ちた。快適だ、僕はここらで失礼するよ」
「とはいえ君は厄介な低気圧のままだがね」
「その辺りは君と人間とで上手いこと何とかしてくれよ」
熱帯低気圧はさらに小さくなりながら、上機嫌で偏西風に乗って海を渡っていった。
解説
2021年10月24日作成
外がゴウゴウとうるさかったので台風のお話を書きました。書いている最中に気付いたんですが、轟音は風音ではなく飛行機の音でした。寝ぼけていたので…でもおかげで良いお話が書けたと思います。
台風を好きになれるというか、憎めない感じにしたかったのと、「台風の目」を目として扱いたかったのとがあります。虹を架けさせたのは地上に架かった虹を宇宙から見下ろす景色を想像したから。穏やかでちょっとお茶目なお話になりました。普段お話しなかった方からお褒めいただけてとても嬉しかったです。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei