短編集
11. お題作品まとめ (2/2)
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手を取り合わずにリズムを取って
そのラッコは貝を鳴らすのが好きだった。貝の中身よりも貝の丈夫さを気にするようなラッコだったので、他のラッコから笑われてきた。
それでも好きなことに変わりはなく、やがてラッコはそこらの海で一番のドラマーになっていた。海上ライブには大勢の客が来る。この時ばかりはホッキョクグマもシャチもワシも、海越えはるばるやってきては魚や鳥と肩を並べてラッコのパフォーマンスを楽しんだ。
そんなラッコが今、手ぶらのまま、蝶形に作った貝殻を首元に引っ付け、雪の粒をきらきらと全身にまとっている。
「……あの」
いつもは無心に貝を腹へと叩き海上を盛り上げるラッコが、静かに海面へと手を差し出した。
「ぼくと踊っていただけませんか」
イルカはきょとんとした。イルカは陽気な性分で、宙へ跳ねるだけではなく、そこらに落ちていたボールや海藻を器用に使ってパフォーマンスをする。彼らに惚れ込む客も多い。が、求愛ダンスに応じるかどうかはそのイルカ次第だ。
「嫌よ」
「え」
「わたし、ダンサーなのよ? この辺りで最高のね。だからあなたと踊るなんて嫌。わたし、あなたの音で踊りたいもの」
イルカは波間の中を滑らかに泳ぎ、そしてぽぉんと美しく跳ねた。三日月のようなそれをラッコはぽかんと見つめて、そうしてようやくその言葉の意味に気付き、「ぼくでよければ、ぜひ」と微笑んだ。
ラッコとイルカは、今やどこの海においても一番を誇る最高のパートナーだ。
解説
2023年10月04日作成
お題アプリ「書く習慣」にて、お題「踊りませんか?」。
何でラッコが思いついたのかはわからんです。ちょうどポケモンの御三家の水ポケモンの某ラッコを家で話題にしたからな気がする。
ドラマー・ラッコもなかなかに絵面がおもしろそう。踊りませんか?というお題に対して「手を取り合って」というよりはラッコが音を鳴らしてそれに合わせてお相手が踊るのもいいな、と思ってこうなりました。お相手がイルカなのは、宙に飛ぶあの身軽さもあり、私がイルカ好きなのもあり。
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星座がなくなった日
星座は、地球上のどこからでもいつの時代でも同じ形を描ける、巨大な芸術作品だ。
そのはずだった。
「おいらは型にハマるのが嫌なのさ」
そう言って星々があちらこちらへと動いてしまったものだから、世界中の人々はてんわやんやと大騒ぎだ。天文学者は新しい星座を制定しなくてはいけないからと数千年ぶりの名誉に興奮したまま毎日会議を繰り返し、歴史研究家は星が勝手に動くのなら古文書や遺跡に描かれていた星座が全く信用ならなくなったと頭を抱え、かと思えばネット上では「#ぼくが考えたさいきょうの星座」という文と共に空の写真に線を書き足した投稿がトレンド一位を取り続けている。星座早見盤を作っていた会社は商品の回収で忙しいらしい。
「お空は良くない場所だったの?」
空を見上げていたら隣に落ちてきた星へと、話しかける。白く小さく輝くそれは髪の毛座とかいう星座の一部だった星だ。
「そうじゃなくてさ。おいらたちはずっと、ずーっと、同じ位置にいて同じ線を当てがわれてたわけ。おいらなんてずーっと髪の毛だったわけよ。それに気付いた瞬間、嫌だな、って思ったんだよな。動きたい、違うものになりたい、好きな時に好きな場所に移動していろんな星座になれる、そんな自由が欲しい、って」
「お星さまもそう思う時があるんだね」
言えば、星は不思議そうな顔をした。星にも表情があるんだとそこで初めて気がついた。
「含みがあること言うじゃねえか。……よし、おいらがお前に自由を分けてやる。何せおいらは星だからな、願いを叶えるのには慣れてんだ」
星は空を指差した。指どころか手もないけれど、確かに空を指差した。
「好きに星座を決めてみろ。今の星空は誰の物でもねえ、何を描いたって誰にも怒られねえし不正解になることもねえ。星が動いてせっかく決めた星座がぐちゃぐちゃになるかもしれねえけどな。今日の空はマジもんの自由だ。地平線の向こうじゃ太陽と月が並んで晩酌してるんだぜ」
星の指先を追って星空を見上げる。あちらでは織姫と彦星が並んでいるし、こちらでは小熊と大熊が寄り添っている。みんな好き勝手していた。
「……じゃあ」
星を指す。そのまま他の星へと指先をずらしていく。
――星座のなくなった夜は、誰もが自由だった。
解説
2023年10月06日作成
お題「星座」。あの星とあの星をつないで、あなたの笑顔になる…みたいな歌詞があるんですが(Litlle Glee Monsterという歌手グループの「幸せのかけら」という曲です)それを一番に思い出しました。じゃあ好き勝手星座作るお話にしよう、と思い立ちこうなりました。こんなに自由になるとは思わなかった。
もし空から星座がなくなったら、絶対今の人ならSNSでハッシュタグつけて大喜利するでしょ? 「これ俺が考えた星座」「どうみてもこれにしか見えない」「あ、昨日考えた星座もう崩れてんじゃん!」とかわいわいするんでしょ? ぼくしってる。
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忘れない
昨日、君が「月見ハンバーガー食べたい」と言ったのを、僕は覚えている。
先月、君が「何もしてないのにパソコン壊れた!」とわめいていたのも覚えている。
半年前、「今年も暑いのかなあ、今から嫌になるねぇ」とごちていたのも覚えている。
一年前、缶コーヒーを差し出した僕に「給料日前の先輩の奢り助かるぅ」と笑っていたのも覚えている。
二年前、「新人だからなぁんもわかんないっすよぉ」と突然泣き出したのも覚えている。
明日、君が何を言おうと。
明日以降の僕は、それを覚えている。
解説
2023年10月07日作成
お題「過ぎた日を思う」。これ絶対死んだ相手を思うやつじゃん!っと思ったので、奥さんとの日々を覚えてるよという話にしました。読み方によっては違う解釈もできそう。
文字数許されるならもうちょい凝ったお話を書いたんですが、短く、と思うとなかなかストーリー性を持たせるのは難しいですね。
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願い、ふたつ
人間ってのは、手を見れば大抵わかるらしい。
「絶対叶えなきゃいけない願い事をする人間は、両手を強く握り合わせるんだ。誰かの安全や幸せを祈る時はそんなに握り込まない。そうやって私達は人間の願いを見分けていく」
言い、彼は自分の両手のひらを合わせて左右の指を交互に組み合わせた。ふうん、とカラスはそれを横で眺めながらカアと鳴いた。
「じゃ、神様にオレ達の願いは届かないってわけか。オレ達にゃ手がないからな」
「そんなことはないさ。人間は手が一番わかりやすいというだけの話だよ」
「じゃあオレ達は?」
彼は答えず、カラスの頭を撫でた。そりゃないぜ、とカラスはカアカアと鳴き喚き、バサバサと翼を動かした。
「結局神様ってのは気まぐれだよな。オレとおしゃべりしてくれるのもどうせ気まぐれなんだろ」
「まさか。聞こえたからだよ」
彼はにこりと笑った。
「君の、友達が欲しいという力いっぱいの大きな鳴き声がね」
――とある山奥の神社には、一羽のカラスがよく訪れる。
そのカラスはよく鳴く。何かと話しているかのように、頻繁に、様々な声音で鳴く。人々はそのカラスをありがたく思っていた。ひとりぼっちだった神様のご友人に違いないと噂していた。
カラスが神社に来るようになってから、神社周辺で良い事ばかりが起こるようになったからである。
解説
2023年10月07日作成
お題「力をこめて」。お題とちょっとずれた感はある。
力をこめる、と考えた時、何かを願う時の手を思い浮かべました。甲子園とかで応援してる子が映るけどさ、みんな強く握りこんでるよなあって。逆に静かに祈る時ってあまり強く握らないなあって。そこから神様が登場し、その隣に誰か欲しいなあと思ってカラスを置きました。手のないカラスの力いっぱいの願いも叶えられる、というだけでも良かったんですが、神様が願いを叶えるだけじゃなくて、神様の願いも叶ってると良いなあという私のちょっとしたこだわりです。
「○○、ふたつ」ってタイトルのつけ方はよくやります。工夫が足りない。けどこのタイトルのつけ方はけっこう好きです。
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たまにはカーテンを閉めて
日中、日差しが強かったのでカーテンを閉めていた。数時間後、部屋が暗く思えたのでカーテンを開けたところ、黄色さを帯びてきた太陽が目に入り、ああもう夕暮れの時間が近いのか、などと思った。
「あ」
誰かが声を上げた。
「ちょっと、今良いところなんだけど」
カーテンである。
「今日の夕焼け、絶対綺麗なんだもの、見ていたかったのに」
眩しくて何も見えない時と暗くて何も見えない時しか閉めてくれないんだから、これだから人間は、などと愚痴愚痴と言われたので「ごめんごめん」と平謝りしつつ、「じゃあ」と持ちかけた。
「半分閉めて、半分開けるでどうかな」
両開きのカーテンはぱたりと愚痴を止めた。しばらく押し黙り、もしかして唐突に普通のしゃべらないカーテンに戻ったのかなと思い始めた頃、ようやく声が聞こえてきた。
「……許す」
どうやらお許しいただけたらしい。
約束通り、片方のカーテンだけを閉めて、もう片方は開けたままにする。やがて傾いてきた日が濃いオレンジ色になって辺りを照らす様子を、カーテンと共に静かに眺めた。
解説
2023年10月12日作成
お題「カーテン」。またしゃべる人外です。お題がカーテンならカーテンがしゃべるしかないなあと…
というわけで、カーテンと一緒に夕日を眺める絵が思い浮かんだのでこうなりました。カーテンだってたまには良い景色みたいよね。ちなみに普通のカーテンはしゃべらないです。
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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei