短編集
7. 探し物 (1/1)
少年は歩いていた。輝かしい繁華街の通りを一人歩いていた。色とりどりのライトで照らされた看板一つ一つが眩しい。
繁華街と同じく輝かしい笑みをたたえたカップルが少年とすれ違った。若さ溢れる金髪の男性、友人と夜遊びを楽しむ女性――彼らは眩しさを見せつけながら、少年とすれ違った。
ふと、少年は足を止めた。繁華街に似つかわしい衣装の占い師に、声をかけられたのだ。
紫のベールを身にまとい紫のテーブルクロスの上にある水晶玉を撫で回していたその占い師は、少年に訊ねた。
「あなたは探し物をしていますね?」
少年は笑った。笑い、年相応の鋭い目で占い師を見やった。
そう、ぼくは居場所をさがしてる。
少年は歩き始めた。どこまでも続いている繁華街通りの先へ、真っ直ぐに歩き始めた。
***
女は田舎を歩いていた。晴れやかな田んぼ道を一人歩いていた。青々とした稲の葉が生き生きとしている。
小鳥が女のすぐ横を飛んでいった。女を弄ぶように、すぐ近くを飛び回る。軽やかな鳴き声を奏で、小鳥は稲の草原を駆けた。稲がさわさわと鳴った。
女の足が止まった。目の前に深緑の葉に満ちた大木があったのだ。
大きく枝を広げ日の光を一身に浴びる大木に歩み寄り、女は太い幹に手を触れた。
木漏れ日が地面に光と影を踊らせ、しかしその中で女の影は見づらかった。そこに女がいるのかさえ判りづらかった。
ああ、ここに居場所はないみたい。
女は歩き始めた。目の前の入り組んだ森の向こうを見据えて、歩き始めた。
***
男は歩いていた。海のしぶきが間近に迫る砂浜を一人歩いていた。美しい青を抱く海の煌めきが眩しい。
海風が男の頬を撫でていった。男を吹き消すかのようにその体を撫でていった。
不意に、男は後ろを振り返った。歩いてきた上で付いた足跡を見たかったのだ。
波が砂浜に打ち寄せていた。砂浜に乗り上げては引き、引いては乗り上げる。その動きの後では、乾いた砂色と湿った土色の境が波打っていた。
男が今まで歩いてきた跡は消えていた。
やはり、過去の居場所は消えるのか。
男は歩き始めた。延々と続く海沿いを、前を向いて歩き始めた。
***
少女は歩いていた。暗い夜道を一人歩いていた。明かりも目印もない道を、ただ一人歩いていた。自分が本当に前を向いているのかさえわからないほど暗い。
遥か遠くの空で星が輝いていた。その光は何も照らさず、少女を嘲笑うかのように遥か彼方できらきらと輝いていた。
立ち止まり少女はスッと手を空に伸ばした。本当に星に手が届かないのか確かめたかったのだ。
星は少女の手の上で輝いていた。どんなに背伸びをしても、星は手の上で輝いていた。誰も何も少女を照らさなかった。
そうね、ここはわたしの居場所じゃない。
少女は歩き始めた。先も何も見えない道を、前だと思った方向に向かって歩き始めた。
***
少女は歩き続けた。星が少女を照らすまで。何かが少女を認めるまで。
2011年09月04日作成
2011年ってことになっているけれどもっと古いと思う(2011年の日付でメールにデータが転送されてた)。初期作品はけっこう韻文が多かった。そのほとんどは携帯電話(ガラケー)の彼方に消えました。当時はメールの下書き機能使って書いていたのよね。どこかのパソコンメールに転送して保存していたはずなんだけどどこ行ったんだろう。
テンキーで打つのと読み返すのが大変だったので全体的に短い。家族にメールする時に横から見られてて「そんなに速く打つの?!」って知人に驚かれた時があるけど、速く打たないと文章忘れちゃうから必然的に習得した技なのだった。小説書きあるあるだよね、テンキー早打ち。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei