短編集
1. 騙し合い (1/1)


「さーあよってらっしゃい見てらっしゃい!」
 威勢の良い声が寂れた町に響く。継ぎ接ぎの服をまとった人々が何事かと首を傾げた。
「財宝、家宝、何でもあり! お買い得だよ買わなきゃ損だよ!」
 宝の響きに、人だかりがあっという間にできる。地面に敷いたぼろ布の上で胡座をかき、少年は山積みにした中から欠けた壺を取り出した。ガラガラと山が崩れた。
「地獄の魔王の啖壺さ! 気高きお方の啖は幸運を呼ぶよ!」
 少年は次にぼろ布を取り出した。ゴロゴロと山が崩れた。
「天女が隠した羽衣さ! 今じゃ空は飛べないが、男を惑わす魅惑あり!」
 次に少年は割れた茶碗を取り出した。ドサドサと山が崩れた。
「仏様の使った茶碗だよ! これを使えば極楽浄土、ついでに金運上がったり!」
 少年が次々にがらくたを手にすれば、人々の眼差しは次第にきらきらと輝き始めた。恋愛成就、商売繁盛、家内安全。どれもが魅力的で否応なく惹き付けられる。
「壺、買った!」
 人だかりの中から男が大声を上げた。
「茶碗を頂戴!」
 女が腕を振り上げる。
「俺も茶碗!」
「妖精の砂時計をくれ!」
「首切りジェーンの愛用の首切り斧!」
「かぐや姫の麗しの髪!」
 次から次へと声がかかる。少年は手際よく品物を渡し代金を受け取り、だんだんと人だかりも薄れていく。しばらく後には、敷き布の上に金銭が山になっていた。

***

「今日もだいぶ騙せたな……まあちょろいもんだよ、適当に言えば奴らは高値を出してくる」
 少年は暗い路地にぼろ布を抱えて走り込んだ。
「ただいま!」
 路面で寝そべっていた女性がふと上体を上げた。ぼろぼろの服や髪が彼女をより老いてみせていた。
 少年は女性のそばにぼろ布を置いた。中から金銭がガシャリとこぼれ落ちる。
「今日もこんなに稼げたんだ」
 少年が笑う。
「今日も墓地へ行ってくるね。たくさん、見つけてくるから。たくさん、稼ぐから。だから待ってて、母さん」
「私が働けたら、墓荒らしなんてさせないのにねえ……それにしても、お前、よくがらくたをこんなに上手く売れたねえ」
「欲しがってる人がちょうどいるんだよ」
 眉を下げる女性に、少年はにっこりと笑った。
「ねえ母さん、今日は何を買おうか? 久し振りにりんごを食べたいよね?」
「そうだねえ」
 母親の微笑みに、少年は満面の笑みを返した。

***

「さーあよってらっしゃい見てらっしゃい!」
 威勢の良い声が寂れた町に響く。継ぎ接ぎの服をまとった人々が何事かと首を傾げた。
「財宝、家宝、何でもあり! お買い得だよ買わなきゃ損だよ!」
 宝の響きに、人だかりがあっという間にできる。少年はぼろ布の上でがらくたを披露した。
「毎日やってるねえ」
 人だかりの中で女性がこそりと呟く。
「母親が不治の病なんだってな。可哀想なもんだ」
 隣にいた男性がこそこそと返す。
「家もないんじゃあ、ねえ。しかも母親がお人好しで、誰の金も受け取らないらしい」
「確かに、俺たちもそんなに余裕があるわけじゃあないが……情けくらい、受け取って欲しいよな。俺たちができることは、このくらいさ」
 男性は言い、高く手を上げた。
「古代女王様の櫛飾りをくれよ!」
「あたしは鬼の煮釜をちょうだい!」
 少年は手際よく品物を渡し代金を受け取り、だんだんと人だかりも薄れていく。しばらく後には、敷き布の上に金銭が山になっていた。

***

 少年はぼろ布に金銭を包んで頬を緩ませた。そして今日も、暗い路地へ走り込む。


▽解説

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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei