短編集
13. 観光地:聖地 (1/1)
洋風そのものである聖堂は、外も中も人でごったがえしていた。何らかの宗教信者と見られる人のみでなく、観光客と見られる人もいる。彼らの目を見れば、彼らの雰囲気を感じれば、両者の違いは明瞭だった。
「人の心は単純なものだな」
一緒に来ていた友人が、明るい茶色に染めた短髪を掻き上げる。
「見れば、どうしてここに来ているかがわかる」
「じゃあ、おれらも観光目当てだって知られちゃうかな」
「さあ。でも、確かなのは、俺達は信者じゃない、この場所を観光地としか見ていない人間ってことさ」
友人はそう言って自嘲気味に笑った。
「信じていないものにたかる人間は、大抵、話題や流行や安易な興味しか気にしない。その場所でどんなに人が死んでいようと、どんなに誰かが必死の願いをしていようと、観光目当ての輩にはそういう光景すら商品。笑顔で写真を撮りまくって、楽しそうに土産を選ぶんだ」
俺達も、な。
彼の言葉に、私は沈黙してしまう。
観光とは難しいものだ。高校生の時、広島の原爆ドームへ修学旅行で行った。そこで記念写真を撮る時、ピースサインをしてはいけないと誰かが言った。笑ってはいけないと誰かも言った。この場所に相応しくないからだという。
なら、記念写真を撮ることは良いのか。形ばかりの花束を捧げるのも、石碑を悲しげに見る人を眺めるのも、ここに相応しい行為ではないだろうに。
私は終始気分が悪かった。観光客と弔いをしに来た人との差に耐えきれなかった。両者の違いは、彼らの目を見れば、彼らの雰囲気を感じれば、明らかにわかる。そして、自分もまた、悲しみに暮れる人々を興味津々に眺めている人間の一人なわけで。
どう頑張っても、観光客以外のものになれない自分が、この場に相応しい目や雰囲気を持てない自分が、そこにいた。
私はそっと頭を振る。
嫌な思い出だ。
「ここ、聖地なんだよな」
突然友人は言った。見上げる先に、見事な修飾が施された壁があった。ぐったりした人がかけられた十字架の像があり、女性の像がそばにある。
「キリストはここで死んだらしい」
「人が死んだのに、聖地なのか」
聖地というと、何だか清いイメージがある。死といった負の言葉は似合わない気がした。そう感じるのはぼくだけだろうか。そう思ったが、友人も同意を示すように頷いてくれた。
「ああ。――聖地ってそんなもんだろ。誰かが生きたり死んだり苦しんだりした場所が、そう呼ばれて観光に利用されるんだ」
酷く冷めた彼の声は、聖堂の中にこもる人々の声に掻き消える。
「思うんだけどさ、死を清くない、汚れだって言う方がおかしいよな。死は誰にでもある。血だってそうだ。誰の体にもある。なのに、目の前で血が流れる状況に人間は恐怖する。面白いと思うよ。自分が持っているものなのに、露見すると恐れの対象になる」
「……死を聖とするこの場所は、ある意味間違ってないって?」
「間違っているかいないかなんて知らないな。俺はそう思ってるってだけ。俺は世間そのものじゃないからさ、俺が正しいと思っていることに、必ずしも世界中の人の同意を得られるわけじゃない」
酷く楽しげに彼は言った。私は彼から目を離し、十字架を見上げた。金に輝くそれに、心の中で思う。
難しいな、この世の中は。
あなたが生き、死んだその時も、この世はこれほど厄介なものだったのだろうか。
あちこちから聞こえてくる他国の言語が聖堂の中に木霊する。その響きに包まれながら、私はそっと目を閉じた。
2014年11月12日作成
前ページと同様、文藝屋「翆」さんのお題「聖地」。高校生の修学旅行は奈良、京都、ちょっと足を伸ばして広島でした。原爆ドームに行ったんですが、墓参りと同じ心持ちで誰かを悼むために訪れている人と、ディズニーランドのシンデレラ城を見るのと同じ心地で訪れている観光客とがぐちゃぐちゃに入り混じっていてとても気持ち悪かったのを覚えています。もう二度と行きたくないですね、観光客の不躾で他人事然とした目と雰囲気が嫌いです。そして私ももれなく”観光客”だということに気付いて気持ち悪さ倍増でした。
死を悼む悲しげな人と、有名なものを眺めに来た楽しげな人と、その場に漂う過去の人の残滓、それらが密集していて何が何だかわからなくなりました。ああいう場所には見た目以上に”人”が集まります。明らかに多かった…
あの場に限らず過去に人が大量死した現場を”観光地”という名のもとに見に行ける精神が私にはわかりません。そういうものに鋭いからかもしれませんが…行くなら観光の一環ではなく慰霊のためだけに向かいたいものです。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei