短編集
20. 一瞬だけ、見えた (1/1)
ボクはキミを見て、キミはボクを見た。
その時間はとても短いもので、ボクはむしろ、何も見ないまま、呆然と突っ立っていたようにも思われる。
何も見ていなかったと思うこともできたその短い時間の中、キミは反対車線の向こう側で微笑んでいた。
ボクとキミの間には横断歩道があった。アスファルトの上に描かれた白黒の縞模様は、幸いにもボクとキミとを結んでいたようにも見えたし、皮肉にもその距離を嘲笑っているようにも見えた。
ねえ。
キミが向こう側でそう口を動かす。
たったそれだけの時間だったのだ。ボクがキミを見ていたのは。キミがボクを見ていたのは。
つまり、たった二音を発することしかできない時間を隔てて、ボクはキミを見失ったということになる。
そう、キミはもうボクの視界にはいなかった。それが今現在横断歩道の片側で突っ立っているボクが言えることだ。
2015年02月10日作成
文藝屋「翆」さんのお題「僕は君を見て、君は僕を見て」より。大したことのない出来事を理屈的に語る話もけっこう好きだったりします。読む側としてはとっつきにくいと思いますが。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei