短編集
23. ふたりおに ごっこ (1/2)


「ふたりおにごっこ?」
 学校からの帰り道、不思議な言葉にわたしは振り向いた。
「二人でおにごっこをするってこと?」
「うん、そう」
 なんか有名らしいよ。そう言ってニッと笑い、君はショートヘアをふわりと揺らす。
「今からやろうよ。そうだなあ、公園なんかどう?」
「今から? もう夕方だよ?」
「面白そうじゃない」
「二人でおにごっこなんて……小さい子でもすぐに飽きるでしょうに」
 大人数でやるのが楽しいんでしょうが、と呆れていると、後ろからわたしを追い抜いた君がくるりとターンしてわたしを見上げてくる。
「そう思うでしょう? それがね……」
 くすり、と可愛いその顔を夕陽色に歪ませて君が笑う。
「すっごく面白いんだって」
 何でもね、と君が続ける。
「いつの間にか、二人じゃなくなってるんだって」

***

 幼い頃から遊んできた公園は夕陽に赤く染まっていた。遊具の色は夕陽と同じ色に変わっている。少し目が疲れる。
 地面に木の棒で二重丸を書いて、君は顔を上げる。
「ルールは簡単。ここで鬼が十をコールして『ふたりおにごっこをはじめましょ』って言う。で、鬼に捕まったら終わり」
「ふーん」
「ってやるらしいよ。噂で聞いたんだけど」
 二重丸の中にぴょんと入り、君が楽しそうに笑う。
「じゃあ、はじめの鬼は私! 十秒後にスタートね」
「……一回だけだからね」
「わかってるってば。じゃ、いくよー?」
 滑り台の横で、いーち、にーい、と君が高らかに声を上げる。わたしは一つため息を残して、君から距離をとろうと滑り台に背を向ける。
 さーん。しーい。
 君の声を聞きながらわたしは公園の中を走る。
 木のかげにいったん隠れようか。いや、あえて君に姿をさらして、すんでの距離で追いかけっこをさせようか。
 頭の中はすでに子供と同じで、どうやって鬼から逃れようかということしか考えていなかった。
 だから、気付くのが遅れた。
「……あれ?」
 ふと足を止める。
「……声が」
 君の声が、聞こえない。
「……もう十数え終わったのかな」
 気を付けていたつもりだったのに、聞き逃したのだろうか。しかしそれにしても公園の中は静かで、足音の一つ、息づかいの一つ聞こえない。
 とりあえず、と思い、公園の中央、見晴らしの良い場所へ行くことにした。公園全体が見渡せる場所だ。そこならきっと君を見つけることもできるだろう。もしかしたらまだ十を数え終わっていないのかもしれないし、もしかしたら君に何かあったのかもしれない。
 そう思ったのだけれど。
「……え?」
 見渡せど見渡せど、この目に映るのは夕陽に照らされた遊具ばかり。
「なんで……?」
 君の姿はない。
 ――いつの間にか二人じゃなくなってるんだって。
 君の言葉と君の歪んだ口元を思い出す。
「な、によ、からかったんだでしょ……!」
 きっと君が言っていたあれは、わたしをからかうための伏線だったんだ。
 一人で帰ったか、どこかに隠れているかしているんだ。
 夕暮れに冷える体を抱きしめて、私は君のいた場所へ戻る。
 きっと、君は滑り台の横にいる。そうじゃなくても、その近くで身をひそめて笑っている。
 滑り台は夕陽の下でもやはり青くて、でも赤い光を浴びて紫色になっていた。私はその色の横で君の姿を探す。
「……×××?」
 そっと名前を呼ぶ。
「×××」
 もう一度。
「×××……!」
 返事をしてよ。
「×××!」
――ごーお、ろーく」
 突然声が聞こえた。高くて可愛い声。
「×××……!」
 君の名前を呼んで、振り返って、私は、目を見開く。
 ――え?
「なーな、はーち」
 君がさっき書いていた二重丸の中で聞き慣れた声を発して、彼女は見覚えのある顔をきれいな夕陽色の笑みに変える。
「きゅーう」
 聞き慣れた声で、短い髪の彼女は数を数える。
「……誰」
 彼女が楽しそうに――しそうに、笑う。
――じゅう」
「誰……!」
 きれいな笑顔のまま、彼女はわたしに手を伸ばしてくる。わたしは一歩後ずさって――そして、気付く。



 彼 女 も 鬼 だ 。



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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei