短編集
24. まさかの夢オチ…? (1/1)


 夢見た者の終焉は、きっとすぐそこに――あれ? どこ?

***

 ぼくは普通の男子高生である。
 いや、「だった」とする方が合っているか……。
 なんと、今、ぼくは、大勢の人の目にさらされている!
 ……ああ、いや、悪い意味じゃないんだ。これから公開処刑されるわけじゃないよ。
 ただ、ステージの上でスポットライトを浴びながらマイク片手に「いえーい、みんな元気かーい♪」と叫んでいるだけ。
 だけ、なんだけど。
「きゃーっ!」
「○○くーん!」
「イケメーン!」
 なんていう黄色い歓声が可愛い女の子達からぼくへ目がけて飛んでくるわけ。超剛速球で。避けきれないわけ。避けようとも思わないけど。で、受け止めちゃうわけ。ちゃんと返しをするよ。ウインク付きで、
「みんな、ありがとー! 愛してるぜー!」
 なんて。
 そうしたらさらに大きな歓声悲鳴。もうやんなっちゃうよね。耳がキンキンするよ。でもそんなに嫌な気分じゃなくて(可愛い女子から冗談抜きにイケメンだなんて言われたら誰だって良い気になるだろ?)、ぼくはぶんぶん手を振ったりするわけさ。止まない歓声、終わらないざわめき。いやあ、まいっちゃうよ。
 でも舞台袖からこっちを見てくる超真面目っぽい男の人が白い紙に「早く一曲目」って書いたのを怖い顔をしながらこっちに見せてくるもんだから、ぼくはしかたなくマイクに大声をぶつけるんだ。
「じゃあ、さっそく行ってみようかー! ミュージックスタート☆」
 タイミングよく流れるイントロ。自然と動く体。脳内に流れてくる歌詞の字幕。ぼくは悠々とそれらに身をゆだねて、曲に耳を傾ける。女の子達の歓声はイントロの始めで一瞬盛り上がった後、落ち着いて、ぼくの声を待つかのように静かになる。
 さあ、ここからがぼくの本番。
 イントロがもうすぐ終わる。マイクを口に近付けて(どのくらいの角度でどのくらいの距離でどんな持ち方をすれば良いかなんて体に染みついてる)、ぼくは大きく息を吸う。
 そして。

***

 ――ジリリリリリ!
 目覚まし時計の音がけたたましく鳴っているのを、ぼくはベットの上で聞いていた。
「……え」
 ――ジリリリリリ!
「……嘘でしょ」
 ――ジリリリリリ!
「ちょっと黙ってろやてめえうぜえよ」
 バスッとチョップをかましてやればそいつはあっさりと黙り込んだ。こう見えてこいつはぼくの一番のしもべ。ぼくの命令だけを聞いて、ちゃんと遂行してくれる。ただ、うるさい。
 静かになった部屋で、ぼくはぼんやりとベットに仰向けになっていた。
「……まさか、の」
 夢オチというやつですか。
「嘘ぉ……」
「はいはい、そろそろ起きてくんなまし」
 影と共にため息がぼくの上からかかってくる。見上げれば、見慣れた顔はいつも通りに不満そうに眉をひそめた。
「どんな良い夢見てたのかわからんけど、いい加減仕事初めてくんなはれ。こっちは先詰まってんねや」
「……はあ」
 夢心地で適当に返すと、そいつの眉間のしわは一気に深くなった。ガシッとベッドのシーツの一辺をひっつかみ、そして、
――しっかりしなはれえっ!」
「おわああっ!」
 あろうことか素晴らしき馬鹿力、シーツを勢いよく引っ張り上げた! おかげでぼくはベッドからくるくるどしーんと落下。腰強打。ああ、だめだ死ぬ――とまではいかないのが何とも悔しい。
「いってえっ!」
「あんさん自分の立ち位置わかってますん? とっとと仕事しい!」
「できるかあっ!」
「なんでですかい!」
「ぼくは普通の男子高生なんだよっ!」
「願ったのはあんさんやないですかい!」
「ぼくが夢に描いたのはイケメンで勇気にあふれた実力ある正義のモテモテ大ヒーローなんだけど! こんな」
 ビシイッと指差す先にいるのは、額にチョップの痕を残したままの、目覚まし時計のお化け。
「よくわかんない化け物の主なんか嫌だあっ! 悪夢だあっ!」
「つべこべ言わんの! あんさんが次期悪夢王陛下降臨の時間にたまたま時空超えて来ちゃったんが悪いんよ? みいんなあんさんのことを新悪夢王陛下と勘違いしちゃったんから。さ、はよ人間達に悪夢見せてきなはれ!」
「嘘だあああぁ――っ!」
 ぼくの絶叫がぼくの世界――悪夢の国に広がっていく。
 そう、ここは人間達に悪夢を見せる世界。ぼくが恋い焦がれた、素敵な夢を見せる世界とはコンクリート製の壁一枚違う世界。
 数日前の昼寝がもとでこちらに迷い込んでしまったぼくは、運悪く、この世界の王として悪夢を蔓延させなければならなくなったのだった。
 ぼくは普通の男子高生である。
 いや「だった」と言うべきか……。
 なんたって今、ぼくは夢の国(悪夢版)の王なのだから!
 あんなに心地良い世界は夢オチだったのに! この世界はさらっさら夢オチじゃないなんて!
 なんて悪夢なんだっ!


▽解説

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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei