短編集
26. 秘密は暴くためにある (1/1)
ふと思い至ってスマホを手にした。ベッドの上に寝そべりながら画面をタッチすると、明るくなったそこに、笑い合う男女の写真が現れる。ホーム画面だ。二人の背景は郊外の某アトラクションパーク。よく二人で行っていたっけ。そう思いながら画面を横にスクロールすると、便箋の形をしたアイコンが現れた。アイコンの片隅には、未開封メール数を告げる三桁の数字。迷惑メールにはほとほと迷惑している。
今日もその数字に変化はなかった。新着メールはないらしい。迷惑メール以外のメールが来なくてつまらない。スマホを枕元に放り出す。そのまま大の字に仰向けになった。
目の前には光を点していない蛍光灯。部屋はスマホの画面とは対照的に薄暗かった。もう夕方だろうか。そんなことを思いながらぼんやりと天井を見上げる。することがなかった。
こんな時、昔の私は何をしていたっけ。本を読んでいたのだろうか。漫画だったっけ。いや、外で散歩していたかもしれない。違うかな、ネットサーフィンしてたかな。思い出せなかった。二人が恋に落ちる前の私なんて覚えていない。遠い、遠い昔の話。
何も考えずに伸びをした手にスマホが当たる。何も思わずに持ち上げて、仰向けのまま画面をタッチした。再び明るくなる画面、浮かび上がる二人分の笑顔。
二人はおそろいのTシャツを着ていた。両手を大きく広げているアトラクションパークのキャラクターが背中にプリントされたTシャツだ。二人が楽しそうに互いの体を密着させているせいで、キャラクターまでもが仲良く両手をつないでいるように見える。
ふふ。
口元から笑みがこぼれた。ああ、なんて良い写真だろう。我ながら最高傑作。二人の表情をとても良く切り取っている。
とても、可愛い。
「……素敵ね、二人とも」
画面の向こうの二人へ送る大賛辞。ずっと憧れていた風景。
ずっと、ずっと見たかった光景。
「素敵よ、姉さん、兄さん。本物の恋人みたい」
画面のさらに向こうへと歩いていく二人の背中。幼い頃からずっと見ていた二人の思い。
「素敵」
薄暗い部屋の中に浮かび上がる幸せそうなカップルの写真。これが、二人がずっと叶えたかった夢の光景。私が見たかった夢の光景。
画面を横にスクロールして、メールボックスを開いた。少し下にスクロールして、とある開封済みメールを開く。
『もうやめて。お願い』
『光太とのこと、内緒にしてくれるんじゃなかったの? 信じてたのに』
『どうして放っておいてくれなかったの?』
単調な文章からあふれてくる怒り。それを眺めて今日も私は唇で弧を描く。
素敵、素敵。ねえ、知ってる? 姉さん。あなたたちの写真をお父さんとお母さんに見せた時の反応、すごく良かったんだよ。私、あんなにわくわくしたの生まれて初めてだった。
『姉さんと俺のこと、お前どこまで知ってるんだ?』
『やめろって言ってんだろ死ね』
『ふざけんな』
兄さん、知ってた? 私ね、まだお父さんとお母さんに見せてない写真、たくさん持ってるよ。動画もあるの。二人がこっそり一緒に住んでるアパートの寝室にカメラを隠してあるんだ。とっても良い作品がたくさん、私のパソコンに眠っているの。
ねえ、素敵でしょう? 笑いが止まらないくらい素敵でしょう?
メール画面を閉じて、ホーム画面を見つめる。私の前では決して見せない幸せそうな二つの笑顔。二人からのメールはいつ来るだろう。
便箋のアイコンの上の数字はまだ増えない。新着メールはまだないらしい。まだかな。まだかな。ずっと待ってるよ。ずっと。
あなた達のメールが届くたびに笑いが止まらなかったの。ねえ、もっと送ってよ。私をもっと楽しませてよ。
ねえ、私の愛しい人達。
2015年07月20日作成
文藝屋「翆」さんのお題「新着メールなどありません」より。ゲスい話だぜ。たまに毒しかない話を書きたくなる。なお、当時はLINEなんてなかった。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei