短編集 -風鈴荘
1. オカルト嫌いが怪奇現象究明を手伝わされました (1/7)
ワイシャツが肌にへばりつくような暑さだった。止まらない汗を袖で拭い、蝉の鳴き声に眉を潜める。
「……うるさいなあ」
「リオー!」
うるさい音の中を、一際高い声が貫いてくる。振り返るまでもない。
「咲」
幼馴染みの咲が制服のスカートをひらめかせながら走ってくる。咲の無邪気さは幼稚園児並みで、まあもてないわけじゃない。が。
「……こけるよ」
「きゃっ!」
何もないところでつまづき、早速転んだ。
どてーん。
「いったぁっ!」
「だから言ったのに……」
「わかってたならもっと早く言ってよ!」
「予知能力があるわけじゃあるまいし」
「じゃあなんでわかったのよ!」
「長年の勘」
間違ってはいない。幼稚園のころからずっと一緒で、もはや恋愛対象から外れかけているくらいなのだ。完全に外れているわけではないが。
「咲はずっと変わってないもんね」
「それって子供ってこと? ひどっ」
頬を膨らませてそっぽを向く動作も、何ら変わっていない。
葉っぱだらけの桜が風でざわめく。歩き出すと、咲も隣を歩き出した。こいつ、彼氏がいるのに大丈夫なんだろうか、などと思いながら歩く。学校の方からチャイムが聞こえた。
「リオは変わったね」
ふと聞こえた咲の言葉を聞き返す。
「え?」
「前はもっと笑ってた」
「ああ……そうだったっけ?」
「そうだよ!」
突然声を大きくする咲に違和感を感じ、顔を覗き見る。すると、咲とばっちり目が合った。咲の瞳孔が大きくなる。
「あ……」
「何、泣いてるの?」
「ばか、んなわけあるかっ!」
言うなり拳を向けてくる。
「ちょっ、待――」
ばきょ、という音が頬骨から聞こえた、気がした。頭がくらくらする。たかが女のパンチ、そう衝撃が大きいわけではないのが普通。だが。
「殴らないでよボクシング部女主将!」
「避けなさいよ空手部ヒラ部員!」
「避けれるわけないでしょうが! ていうか手加減してよ!」
「してるから今無事なんでしょ!」
「無事じゃない!」
ひりひりする頬をさすりながらの応酬。周りからみたら仲の良い犬と猿に見えるんだろう。
頬をさすりさすり、歩き出す。咲が横を歩く。
「ねえ」
「うん?」
「あのさ……」
「何」
「……変なの、ついてるとか、ないかなあ」
「はあ?」
思わず足を止めると、咲は真顔で続けた。
「実はね、リオのこと占ってみたんだ」
「うらな……」
「リオがオカルトとか二次元とか嫌いなの知ってるよ! だから黙ってたんだけど……」
言いづらそうにする咲の表情にいつもの無邪気な笑顔はなく、むしろ大人っぽさがあった。変わってないなんて、嘘だったなと思う。咲だって成長しているのだ。
「何度占っても、同じ結果なんだもん」
「同じ結果って?」
「聞くの?」
驚いたようにこちらを見上げる咲に、何だよ、と返す。
「駄目?」
「ううん……いつもは耳ふさいであーあー言って走っていくのになって」
「……そんなガキっぽいことしてるっけ」
我が事ながら恥ずかしい。
「……さすがに自分のことは気になるから」
咲の表情が明るくなったのは、自分の趣味に幼馴染みがようやく興味を示したからだろう。
「あのね、リオにはツキモノがあるって!」
「ツキモノ……?」
背中がぞわっとしたのは恐らく拒絶反応だろう。耳をふさぎたい。逃げ出したい。話を聞くなんて今さらながら後悔している。が、咲は構わず話を続ける。
「うん。亡霊か何かかな。この世に未練があるんだと思う。リオはその人と波長が合ってるみたいで、直接お祓いしないと後々亡霊に体を乗っ取られるらしいから」
「ボウレイ……コノヨ……ミレン……ハチョウ……オハライ……」
頭がぐるぐるしてきた。吐き気がする。
「じゃあ行こうか!」
咲が手を引いてくる。殴られた時とは違う頭痛のせいで、咲の手を振り払えないまま、付いていく。途中咲が何やら話しかけてきたが、 霊だの何だのと単語が耳を通ってくるくらいで、全く聞き取れなかった。これは重症だ。今すぐ家に帰ってベッドにダイブしなければ。
「ここだよ」
咲の声に顔を上げる。そこには、自分の家――とはだいぶ異なる、見たことのない大きな家があった。日本風の、門の奥に庭があり、障子が使われている。 庭には松、池も見える。歴史の教科書でみるような――
「……ぼろっぼろじゃん」
――否、絵に書いたようなおんぼろ屋敷だった。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei