短編集 -風鈴荘
1. オカルト嫌いが怪奇現象究明を手伝わされました (2/7)
庭に雑草は生え放題、松の木にはキノコが生えているし、葉もなんだか枯れかかっているように見えた。池には藻が繁殖していて、底が見えない。 石畳の上には枯れ葉が散らばっているし、所々鳥の糞がこびりついている。建物自体はザ・築数十年とか言えそうな雰囲気で、暗い印象があった。障子は黄ばみ、破けている。 人が住んでいるとは思えなかった。
しかし初めて見るおんぼろ屋敷に目を奪われながらも、さあ行こうとばかりに袖を引っ張る咲に流されるようなことは、しない。
「ねえ、ここどこ? 僕今すごく帰りたいんですけど」
「もう予約の時間だから駄目」
「予約?」
「リオを見てもらうの」
「……見て?」
ぞっと悪寒を感じる。予想を裏切ることなく、咲は朗らかに言ってくれた。
「リオに憑いているものをね」
「つ……いてぇ?」
当然と言わんばかりの表情で、咲が笑う。ああもうなんて眩しい笑顔。
「さっき言ったじゃん。見てもらえることになったから今すぐ行こうって」
「き、聞いてない……」
「わたしは言ったからね」
さらりと返された。
「う……ていうか、それ信用できないよ。オカルトだよ? 憑いてる憑いてないなんて……う、自分で言っててぞっとする……そういう 非科学的なことは好き勝手に言えるんだよ? そうやって金を騙しとられて」
「リオはこのままで良いの?」
咲が言った。静かな声。ぐだぐだと忠告していた口が自然と閉じる。咲は真っ直ぐ前を見ていた。
「リオは、変なのが憑いてるって言われてても、平気で過ごしていけるの?」
「まあ……気の持ちようだから」
「わたしができない」
「え?」
咲が俯く。寂しそうな顔。一体何に対して寂しく思っているのか、全くわからない。こんなときの女心の扱いは非常に面倒だ。 さてどうしようかと思っていたその時、咲が緩慢に顔を上げた。
「――だから」
ね、と小首を傾げてこちらを見上げてきた。
「わたしのわがままだと思って、聞いて?」
きらきらとした眼差しを真正面から受けた。はい、ダメージ百。まずい、目眩がする。くらくらする。 額に手を当てて咲を視界から遮断するも、瞼の裏できらきらの眼差しがこちらを見上げてきている。あああダメージが更に五十。
上目遣いは反則だって彼氏に言われなかったのか。それじゃ断りきれないだろ。案の定いつの間にかため息をついて、心にもない一言を言ってしまった。
「……わかったよ」
「ほんと?」
ぱあっと咲が笑う。あ、間違えたなと思った。
「じゃあ行こうか!」
「え」
手を引っ張られて屋敷の中へ連れていかれそうになって、心の中で誓う。
誰に何と言われようと、どんなに上目遣いされようと、わかったなんて言ってやるものか――!
***
一言で言えば奇妙な場所だった。
「意外ときれい……」
屋根も壁もおんぼろで、暗くて障子は破れまくっているのに、蜘蛛の巣は全くなかった。虫に食われた形跡もない。
咲に引きずられながら屋敷の中を進んでいく。本当に広い。まっすぐに続く廊下を歩いていく。両脇に障子が並んでいて、まるで旅館だった。
「ねえ、勝手に入って良かったのかな。玄関の鍵は開いてたけど――」
「大丈夫大丈夫。奥に来てって言われたから」
「言われたって……直接会ったの?」
「ううん。メール。――ここね」
ふと咲が立ち止まる。見ると、正面に木製の引き戸があり、紙が貼ってあった。
「これより先、立ち入り禁止……?」
工事現場のような貼り紙である。白い和紙に筆で書かれた、いわば時代遅れなそれだが。
「達筆……」
ぼんやりと眺めていた、その時だった。
チリン。
「え?」
懐かしい音。幼い時、お盆に祖父母の家へ遊びに行くと聞こえた音。
「風鈴……?」
呟いた瞬間。
「貴様何者――!」
大きな声が耳を直撃した。背後からだ。
「リオ危ない!」
咲が叫ぶ。振り返ってみると、
「覚悟!」
衝撃と共に何かが顔にぶつかってきた。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei