短編集 -風鈴荘
1. オカルト嫌いが怪奇現象究明を手伝わされました (3/7)
「ぶわっふ!」
ばさばさという音、かすかに感じる温度、口に入ってくる固い……羽?
「勝手にここまで入ってくるとは度胸もいいところ! 今すぐ成敗してくれる!」
「せ、せいふぁい?」
「お客を成敗されては困るな」
含み笑いが聞こえた。低めの、澄んだ声。顔に引っ付いた何かを引き剥がしながらそちらを見る。
引き戸がギシ、と鳴る。重そうに、ゆっくりと動いた。
「ようこそ」
引き戸の奥から表れたその人は、やはり笑いながらこちらを見てくる。
「……えっと」
肩くらいの緩やかにうねった髪。黒色でないことはわかるが、暗いせいかはっきりと識別できない。大きな目に幼い顔立ち。そして、明らかに低い身長。
「……子供?」
「お客人は中に入ると良い。ああ、そのカラスはそこらへんに捨ててくれて構わない」
「カラス?」
「捨ててって酷いなあメディ」
不満気にくちばしをぱかぱか動かす、手の中の黒い物体。
「……カラス――?!」
待って自分、今さっきこれを口に含んで――そこまで考えて卒倒しそうになる。
「嘘だあっ!」
「すぐそばで喚くなガキんちょ! 耳が痛いわ!」
「普通喚く! ていうかカラスに耳ないでしょ!」
「あるわ阿呆! なければしゃべれないだろうが!」
「カラスは普通しゃべれない!」
カラスといえば、登下校時に電線からモノを落としてくる迷惑極まりない奴らではないか。
「うっわ最悪!」
「初対面で言う台詞か!」
「初対面で言う台詞だよ!」
「何おうっ!」
「あのっ、カラスさんもリオもそのくらいに……」
咲がおずおずと口を挟んできた。カラスが顔をそちらに向け、そして。
「おおっ、女性がいらっしゃったとは!」
明らかに声音を変えた。
「麗しきその眼差しにお目にかかれるとは、なんたる幸せ! 運命を感じますねえお嬢さん!」
ばさばさと翼を動かすのを止めて欲しい。時折顔に当たって痛い。
「え? あ、はあ……」
若干引きぎみの咲に近寄ろうとしているのか、カラスが俺の手から抜け出そうとする。が、抜け出せず、こちらを見た。 見たかはわからないが、こちらにくちばしを向けてきた。たぶん睨んできている。カラスの表情なんてわからないが。
「小僧、手を離せ」
「わかった」
言い、唐突に両手をカラスから離す。カラスは見事に床に落ちて、ぐえと鳴いた。
「カア以外の鳴き方があるんだ、初耳」
「この、小僧……離すなよ!」
「離せと言われたから」
「タイミングをわきまえろ!」
「ふふっ」
屋敷の主人、らしい子供が笑った。
「なかなかだ。初対面でそれをそのように扱えるとは」
「はあ……」
「面白い」
「面白がるなよ」
床の上のカラスが突っ込む。それを無視し、子供は屋敷の奥へと手を差し伸べた。
「入りたまえ」
咲と顔を見合わせる。そして、咲が子供に頷いた。
「はい」
咲が子供の後に続いて引き戸の奥に入っていく。咲の後を追った。足元からカラスにおれを放っておくなとか言われたが放っておいた。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei