短編集 -風鈴荘
1. オカルト嫌いが怪奇現象究明を手伝わされました (4/7)
「……え」
屋敷の奥に入って数歩、思わず足を止めた。
「あれ?」
先ほどまでとは違う空間がそこにあった。
廊下にある窓にはガラスがはまり、光が中に差し込んでいる。明るい。部屋は廊下より一段高く、おそらくここで靴を脱ぐのだろうことがわかる。 ふすまには染みひとつなく、真新しささえ感じる。
主人がふすまを空け、中に入るよう促した。主人に従い靴を脱いでから部屋に立ち入る。
「うわあ……」
すっきりした部屋だった。テーブルくらいしか物がない。庭園に面した側の障子は全開で、光が入り、緑色の畳を照らしていた。畳独特の匂いが鼻をつく。
「おばあちゃんちみたい」
咲の呟きに頷く。
「自由に座るといい」
主人が座布団を持ってきながら言った。大きな座布団を抱えるところを見ても、かなり幼さがある。しかし口調や動作には大人びたものもある。 まるで大人が子供になってしまったかのような――そこまで考えて首を振る。
まるで漫画だ。あり得ない。
「リオ?」
咲が不思議そうに見てくるが、何でもないと返す。要はさっさとここを去れば良いのだ。向こうが亡霊だの成敗だの言うのを、はいはいと聞き流していれば良い。
並んで座った二人とテーブルを挟んで、主人も座布団を持ってきて座る。いつの間に持ってきていたのか、テーブルの上に急須と湯飲みが置いてあった。 慣れた手つきでお茶を入れていく。
気づいたが、主人は洋服を着ていなかった。袴のような、どちらかというと狩衣のような。
そして、主人の髪の色は、塗ったかのような栗色だった。顔立ちは東洋系だし、ハーフには思えない。染めているのだろうか。そうでなければ見たことがない。もはや二次元。 吐き気がする。
吐き気を堪えているのに気づいていないのだろう、主人はにこりと笑った。
「そなたのようなタイプがここに来るのは初めてだ。手洗いは奥にあるから、用があるなら行ってくれて構わない」
いや、気づいていたらしい。そんなに酷い顔をしているのか。そっと頬に手を当てる。
さて、と主人が言った。
「紹介が遅れたな。私はメディウム。依頼の内容は咲から聞いている」
「メディ……ウム、さん?」
「呼び捨てで構わんぞ」
カタカナの名前ということは、やはり外国人なのか。それにしては和風のその服装に違和感がない。
メディウムがこちらを見た。目が合う。日本人によくある光彩の色だ、純粋な日本人な気がする。親がそういう趣味で、髪を染めさせたとか? ――そこまで思考し、再び吐き気が込み上げてきた。メディウムの二次元的な存在にではない。親に、だ。
「名は?」
「……李桜」
「リオウ?」
クエスチョンマークが見える。そりゃそうだ。こんな名前。
「すももの李に、桜でリオウ。リオならまだ良かったけど。親が二次元好きでさ、こんなふざけた名前つけて」
ゲームや漫画の登場人物のようだと、何度もからかわれた。イマドキの、イカれたネーミング。最悪だ。 だから二次元は嫌いだった。ついでに似たような感じのオカルトも嫌いだ。どっちも人の想像でしかない。想像に左右されるなんて馬鹿げてる。
「リオ……」
「己の名を嫌うか。……虚しいな」
「は……?」
メディウムはちょこんと首を傾げて言った。
「名は一生の宝だ。親からの最初の贈り物だ。それを愛せぬとは、悲しいこと」
「な……」
虚しいとか悲しいとか言われても困る。そう言おうとした矢先、メディウムがころりと表情を変え、笑った。幼さが残った可愛い笑い方だった。
「面白いものを持っているな、リオウ」
「……え」
「そなたをかなり気に入っている」
「え」
「やっぱりそうなんですか!」
咲が身を乗り出す。その横顔が楽しそうなのは幻覚か。幻覚であって欲しい。
「リオには何が憑いているんですか? お祓いは必要ですか? もし必要なら、わたし、近くで見ていたいんですけど」
「咲……まさか、僕をここに連れてきたのってそれが目的……?」
「えーっと……あはは」
心配してくれたからでなく、お祓いとやらを見てみたかったからか。
「祓いはしない」
返答に窮した咲に微笑み、メディウムが言った。途端咲が残念そうに俯く。
「なんだ……つまんない」
「つまんないって……」
「しかし、放っておくこともできぬか」
「……え」
ずず、とお茶をすすり、メディウムは続けた。
「――突然だが、リオウ」
湯飲みをテーブルに置き、メディウムが微笑む。
「少しばかり仕事を手伝ってくれ」
***
「そなたのそれを放っておくと、厄介なことになる」
お茶を飲みながらメディウムが言う。言葉とは真逆に、酷く落ち着いていて、というより、どうということのないような感じで。
「えと……どんな厄介なことが?」
あまり突っ込みたくないが、そこまで言われて黙っているわけにはいかない。
「何、大したことではない」
「あ、そうですか」
「運が悪ければ死に至るがな」
「なーんだ、大したことない……って、はいぃっ?!」
人生初の乗り突っ込みがこれなんて。
「死、ぬんですか?」
「運が悪ければの話だ」
それお茶を飲みながら言う話ですか。運が悪ければってことは可能性がゼロってわけじゃないってことですよね。 などと言いそうになりながら口をぱくぱくしていると、メディウムはくすりと笑った。
「そう慌てるな」
「いや、普通慌てます!」
「この場合の死は、毎日を生きている場合の死と確率は変わらん。結論気にする程ではない」
「気にする程じゃないって……」
「では聞くが、そなたは外を歩く時、何を考えている?」
「へ?」
突然の問いに口が閉じる。
何を考えているか。そんなこと考えてみたことがない。
「えーっと、朝なら宿題やったかなとか、天気はどうだろうなとか。帰りなら食料買いに行かないとなとか」
「リオって真面目……」
咲が呆れたようにため息をつく。メディウムがでは、と人差し指を立てた。
「ずっと死を考えたことはあるか?」
「は?」
「後ろからバイクが突っ込んで来るかもしれない。狂った人間が刺しに来るかもしれない。何かの拍子で転んで頭を打つかもしれない……そういったことを考えながら 一日を過ごしたことはあるか?」
「一日丸々考えてたら、完全に被害妄想じゃないですか。そんな滅多にあることじゃないのに」
「そういうことだ」
お茶をまたすすって、メディウムが笑う。
「考えても仕様がない。その程度のことだ、運が悪ければというのは」
「はあ……」
咲がところで、と口を挟む。
「リオは何を手伝うんですか?」
「大したことではない。だが」
メディウムが視線を合わせてくる。試すように、きらりと目が輝いたように見えた。
「初めての者には堪えるかもしれんな」
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei