短編集 -風鈴荘
1. オカルト嫌いが怪奇現象究明を手伝わされました (5/7)
メディウムの屋敷を出たのは夕方だった。夕日が美しくなるより少し前の時間だ。
「あの……どこへ行くんですか?」
ずんずんと進むメディウムの背中に問うが、やはり返事はない。
メディウムと二人で外へ出る時、咲も行きたいと言った。しかしメディウムが許さなかった。自分的には咲と交代したかったのだが。まあ、危ないからという理由なら仕方がない。 一応これでも男だし、咲には敵わないけど身を守るすべを持っている。
メディウムの屋敷の周囲は、かなり田舎らしい、畑や田んぼばかりが目についた。人気はない。見上げれば背の高い木々が空に突き刺さるように立っている。周囲を森で囲まれた 集落らしい。
こんなところが学校の近くにあるなんて、知らなかった。
「あの……」
何度目かの問いかけを試みた時、メディウムが突然立ち止まった。
「リオウ」
「はい?」
「伏せろ」
「はい?」
「死にたいのか」
「……いいえ」
時々とんでもない台詞を言ってくる。さらりと言われたら、素直に頷いてしまう。
しぶしぶ地面にしゃがむ。メディウムに疑問の眼差しを向けようとした瞬間、髪に何かがふわりと触れた気がした。
人ではない。風だ。しかしそんな風は今まで吹いていなかった――そう思った直後、耳に奇妙な音を聞いた。
木々があおられる音。台風の日に良く聞く、幹がしなる音だ。
「え……」
「来たか。思ったより早いな」
メディウムの呟きに耳を疑う間もなく、突風が背中を押した。前に手をつく。
上空でビュオウと風が鳴る。天気は悪くなかった。天気予報でも今日は一日晴天のはず。
戸惑う間に、今度は前から突風が来た。たまらず目を閉じた。
「く……」
涙がじわりと出てくる。強風で目が開けない。
「伏せていろ!」
メディウムが叫ぶ。メディウム自身は立ったままで、空を見上げていた。
「メディウ……」
うっすらと開けた目で上空を見、息を呑む。
「竜巻……!」
テレビで見るような竜巻の中に、いた。
「んな馬鹿な……」
普通この中にいれば、飛ばされている。竜巻とはただの風の渦ではない。いわゆる上昇気流。なのに、これはむしろ上から圧がかかってきている。押しつぶされそうだ。
「どういう……」
呟いたその時、一際強い風が上から吹いてきた。砂が目に入る。顔を腕で庇い、下を向く。
――さみしいよ。
空耳が聞こえた。
――さみしい。
空耳だろうか。風の中から聞こえる。
誰?
――だから、みんなみんな、きらい。
みんななんて、もうしらない。
「厄介な子供だな」
メディウムの呟きがやけに鮮明に聞こえた。
「守るのが仕事だろう。傷つけるとは落ちぶれたな」
「メディウム……?」
何を言っているんだろう。それに、何でこの風の中、メディウムの声が聞こえるんだろう。
呆然とそう思っていたら、突然風が止んだ。吹き始めと同じくらい唐突だった。唐突すぎて、地面にひざをつく。
「え……?」
体にかかっていた圧力はない。風の唸る音もない。一体今のは何だ、夢か、そう思ってしまう。けれど体にあの風に抗った疲れは残っていて。
それに、竜巻ってこんなにすんなり消えるっけ、などと考えながら顔を上げる。
「あ……」
今気が付いたが、ここは神社だった。人の手が入っている様子はない。雨風にさらされて、色が薄くなった社。しめ縄の切れた鳥居。壊されたのだろう賽銭箱。
哀れな姿の社の前に、小さな子がいた。素足で身を縮めている。寒いというより怯えているようだった。
「リオウ」
その子から目を離さず、メディウムが低く囁く。
「あれは何だと思う?」
「何って、神社……」
「あの子供だ」
子供と言うが、メディウムと見た目はそう変わらない。友達になれそうな年の女の子だぞ、と心の中で呟き、ふと思う。
メディウムって、性別どっちだ?
「リオウ?」
「あ、えっと……何でしたっけ」
呆れたように大きくため息をつかれた。
「……あの子供はなんだと思う?」
「子供……あの女の子?」
「そうだと何度言えば良いのだ」
「え……普通のここらへんの」
普通の子供、と言おうとし、止まる。
「……あれ?」
一瞬の違和感。
「えーっと……」
何だろう、嘘を言う罪悪感と似た気持ちの悪いものが、胸に渦を巻く。
「わかれば良い」
メディウムが笑った。先生が正しい答えを発表した生徒に向けるような笑みだった。
「彼女は、この社に祭られている神だ」
「へ……?」
「最近、この村は不作に困っていた。度々起こる小規模の奇怪な竜巻によって作物が荒らされたからだ」
「竜巻……」
今見た、あの竜巻もどきのことだろうか。
「リオウは気づかなかったか? この村の畑や田が酷く荒れていたことに」
「いや……畑とかに興味ないですし」
「興味の有無の話ではない」
またため息をつかれた。そんなに呆れられる存在なのか、自分は。
「彼女はここの土地の神だ」
「……神様?」
あんな、小さな女の子が。それに、神様って目に見えるのか。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei