短編集 -風鈴荘
1. オカルト嫌いが怪奇現象究明を手伝わされました (6/7)


 赤い着物を着た女の子は、寂しそうに俯いていた。メディウムの方を見ようとして、また俯く。親に怒られた子供のようだ。
「……何かしたんですか?」
「何かとは何だ?」
「怒られたみたいにしょんぼりしてるから」
 怒ったわけではないが、とメディウムは顎に手を当てた。
「少し、な」
「少し?」
「あのまま風を起こされていては動くに動けぬ」
 何かしたのは確かだろう。女の子の目に涙が見える。
「女の子にはもっと優しくしなきゃ駄目でしょうが」
 メディウムの性別についてまた疑問がわいてきたが、今は脇に寄せておく。よいしょと立ち上がった。
「リオウ?」
「ちょっと話してきます」
「待て、彼女は」
「神様でもそうでなくても、メディウムに任せてたら泣かせちゃう気がしますから」
 これでも、子供の扱いには慣れている。神様だろうが普通の子供だろうが大した差はない、はずだ。
 歩み寄ると、案の定女の子はびくりと肩をすくませた。やっぱり普通の女の子だ。メディウムが何をしたかは知らないが、このまま放って置くわけにもいかない。
「大丈夫? 怪我はない?」
 顔を覗き込むようにしゃがみ、話しかける。女の子は無言のまま頷いた。
「リオウ!」
 メディウムが呼んでくる。それを無視して、女の子に手を差し伸べる。
「おうちはどこ? お母さんは?」
「……ここ」
「え」
 女の子が社を見つめる。まさか本当に神様なのか、と思ってしまった頭を強く振る。
「……んなわけないか。お兄さんが送ってあげるから、おうちを教えて?」
「……ここ」
「あのね、だから」
「ここっ!」
 女の子が叫ぶ。その小さな体に似合わない、大きな声。
「リオウ! 離れろ!」
 メディウムが叫ぶ。その時、背中が地面に叩き付けられた。風に吹き飛ばされたと気付いたのはその後だ。
 うっすらと目を開けると、女の子の背後で竜巻が起きていた。しかし社はびくりともしていないし、女の子の髪は一本も風に揺られていない。先程の竜巻をふと思い出す。 あんなにおんぼろなのに、竜巻で壊れることはなかった。
 先程と同じ竜巻なんだと知る。それも、あの女の子の意志で発生している。
「まさか、本当の神様……」
「リオウ!」
 メディウムが走ってくる。
「リオウ! 下がれ!」
 下がれと言われても、風が強すぎて身動きが取れない。
「おうち、ここだもん――!」
 女の子が叫ぶ。涙が見える。しかし、それは悲しみの涙というより、怒りの涙。
 竜巻が大きくなる。女の子を素通りして、真っ直ぐ向かってくる。
 ああ、まずいな。
 ふと思った瞬間、体の感覚が消えた。

***

 風が収まっていた。静かな時間。鳥も鳴いていない。
――ん?」
 徐々に戻ってきた感覚によると、自分は今地面にうずくまっている。視界には、あの古びた神社。そして、女の子とメディウム。
 メディウムが自分を守るように立っていることに気づくのに、だいぶ時間がかかった。
「メディウム?」
 試しに声を出してみる。ちゃんと言えた。そして、聞こえた。体は大丈夫そうだ。竜巻に襲われたにしては痛みもない。
「無事か」
 メディウムが振り返らずに言った。
「ええ、まあ」
 答えると同時に嗚咽が聞こえてきた。あの女の子だ。 社の前でしゃがみこみ、両手で涙を拭いながら泣いている。
「まさかとうとう泣かせて」
「人聞きの悪い。恩人に言う言葉か」
「恩人?」
「あのままでは、死んでいたのだぞ」
「死んで……?」
「竜巻に飛ばされて全身複雑骨折だ」
 驚愕のカミングアウト。口が塞がらない。そんな様子に、ようやく目を向けてきたメディウムが笑う。
「冗談だ。せめて頭を石にぶつけて、だな」
 どっちでも良い気がする。
「さて」
 メディウムが女の子に歩み寄る。
「彼女は拘束を嫌う」
「……は?」
「しかしこの社に封じられた後は、村人に危害を加えるどころか仲良くやっていたようだ。しかし信仰が薄れ放っておかれるようになり、不満が募っていった」
 女の子に近付き、すぐ目の前で止まる。泣いている女の子を見下すような立ち位置。まるでいじめっ子。
 今度は何をするのかと気が気でない。はらはらと状況を見守る。
 しかし、メディウムはその場に膝をつき、女の子の肩に手を置いた。穏やかに微笑む。
「寂しかったのだろう? そなたはまだ幼い神だから」
 女の子は驚いたようだった。メディウムの顔を見、そして顔を歪める。メディウムがその肩をぽんぽんと叩けば、女の子は大声を上げて泣いた。



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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei