刀神
怨念数ヘ歌之語リ 其之参


 これまでの粗筋――妖魔調査のため山間を訪れたら車が雪にまり、仕方なしに目的地まで歩いたら妖魔の仕業と思われる固有結界に入り込み出られなくなった。
――っていうのが今日一日の出来事だったわけだけど、大変なことになったな」
『一段落したとばかりに今日を振り返るな。まだ夕方にもなっていない』
 言えば臨時相方の×××××は心底嫌そうに半眼を向けてきた。
「……我に返らせないでくれよ」
『正体不詳の妖魔の固有結界の中だぞ、一分一秒でも油断できないだろう。三本目を吸い始めようとするのはやめろ』
 えた真新しい煙草へ点火器の火をけようとしていたのを途中で止め、某はため息の後煙草を箱に戻した。胸元へと仕舞い、「それで」と腰に提げた小太刀へと話しかける。
「どうする?」
『妖魔についての情報をできる限り集める』
 間を置かず即座に答える。
『本部への連絡は問題ない』
「連絡不通ってのがれば何かしら動いてくれるだろうからな。任務に支障が出た可能性を踏まえて増援を送ってくるはず、と」
『なら私達がすべきは本部からの増援を有効活用できるように場を整えることだ。そのために情報を集める。現象の原因となった妖魔の居場所を突き止めるくらいはしたい』
「それはまた大仰な」
『無論、理想論だ』
 妖魔の正体も目的も不明だが、固有結界に刀遣いと刀神が入り込んだことに気付いていないと考えるのは危険だ。排除を試みて何かしら仕掛けてくるかもしれない。危険が迫る中で危険に近付き欲しい情報を無事に手に入れるというのはあまりにも無茶が過ぎる。
『まずは住民に話を聞きたい。ここが春めいている理由、そのきっかけ……いつからなのか、原因と思われる異常に気付いてはいないか。あとは報告にあったものについても』
 ――夜になると数え歌が聞こえてくる。
 それがこの地域に確認された異常だった。おそらく梓丸達が先程聞いた歌がそれだろう。しかし今は昼、まだ夜ではない。なぜ聞こえてきたのか。実は夜だけの現象ではなかったのか、もしくは――妖魔が梓丸達の潜入に気付いて警告してきたのか。
 不確定要素が多すぎる。何も特定できず、捜査に動くことさえままならない。まずは情報を集めなければ。
『私は混乱回避のためこの姿のままでいる。頑張れ』
「押し付けられたなこりゃ」
『目には目を、歯には歯を、人間には人間を』
「ちょっと趣旨違うからなそれ」
 不満そうにしつつ、某は集落の中へと歩みを進め始めた。彼とて刀遣い、それなりに場数は踏んでいる。この程度で怖気付くことはない。
 まずは、と手近にあった家へと近付く。入り口の前で一度立ち止まり、きょろきょろと大胆に家屋全体を見回した。そして恐る恐るといった様子で玄関先へと向かい、字の掠れて読めなくなった表札の下に設置された呼び鈴を鳴らす。
「ごめんくださーい」
 底抜けに明るい声音。
「ちょおっと道に迷っちゃってえ」
 一応、嘘ではない。
 某の声に、ようやく家の中から物音が聞こえてくる。暫く待てば玄関の戸の硝子を通して誰かが鍵を開けてくれる様子が見えた。
 ガラリ、と横開きのそれが開かれる。この家の奥さんだろうか、中年の人の良さそうな女性が訝しむ顔を向けてきていた。
「はい……?」
「あ、すみません突然。この辺りに用があって来た者なんですけど、車が動かなくなっちゃって」
 怪しい販売員のような明るさで某は女性へと話しかけた。が、さっきと言っていることが違う。話しかけ方が雑すぎる。とはいえ人の耳がある場所で話しかけるわけにもいかず、梓丸は黙って成り行きを見守ることしかできない。
「あっちの方で雪に嵌まってしまったんです」
 言い、某は自分達が来た道を指差した。
「車も通らないし人もいないしで困ってしまって」
「あら、あなた……もしかして、他所から来たの?」
 女性は驚いたと言わんばかりに目を見開いた。
?」
 ――その一言に、知る。
「というのは?」
 某が素知らぬ振りで首を傾げる。女性は興奮を抑えきれない様子で玄関から身を乗り出し某が指差した方角を見つめた。
「ね、本当にあっちから来たの? 来れたの?」
「え、ええ、まあ」
「本当? ならあたし達も買い物に行けるかしら?」
 跳ねるように某へと顔を輝かせ、女性は言った。
「この山、三日くらい前からおかしいのよ! !」


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Thou know'st 'tis common;
all that lives must die,
Passing through nature to eternity.


(c) 2014 Kei