刀神
怨念数ヘ歌之語リ 其之捌
一撃が腹を食い破った。
「ッは……!」
胴を突き上げる衝撃が体内をも潰しに来る。息を詰めてそれに耐えれば、やがて痛みが熱となって腹へと広がった。
熱。
熱い。
――腹から足へ、そして床の上へと赤が伝い落ちる。
腹部へと、梓丸は顔を歪めながら目を落とした。妖魔が振り下ろした腕、その先についた長い爪が、背にあるものを庇い立つ自らを貫いている。
爪。
稚児を裂く、爪。
背後に怯えで声を失った子供二人の気配がある。この妖魔はこの子供達を狙っていたのだ。あの数え歌の予言した通りにその内臓を爪で裂くために。
囮だったのは某ではなく、某を追った四体の妖魔。
「……ん、ねんだったな」
込み上げる血で喉が焼けている。神だというのに自身の血で苦しむとは情けない。
「数え歌は、ここまでだ」
けれど、これはこれで映えるではないか。
「ここが」
腹に食い込む妖魔の爪を手ごと掴み、手にしていた小太刀をそこへ突き立てた。骨も腱も掻い潜った一撃はするりと貫通し、妖魔の腕を床へと縫い付ける。咆哮し身を捩った妖魔の動きにより腹がさらに抉られていく。血臭、気の遠くなるような激痛。
奥歯を食いしばる。口の端から血が滴り落ちる。
「お前の」
視界が揺らぐ。それでも顔を上げ、そこにいる鬼に似た妖魔へと嘲笑を向ける。
「――死に場所だ!」
叫ぶ。
瞬間。
妖魔の背後に影が躍り出た。一閃、その手に握られた一本の鋼が陽光を受けて鋭く輝く。
「ッはああああああ!」
気迫、腕を大きく引いた状態から素早く突きを繰り出す。大きな一撃が無防備な妖魔の背後へと突き刺さった。巨躯が跳ねる。事態を把握し逃亡を図ろうとするも腕を固定され身動きが取れない。
×××××がさらに刀を押し込める。刀身の半分が埋もれた頃、突如妖魔が吠えた。そのまま声音を弱らせていく。胴が縮み、宙に溶けていく。
切先が霊核へ到達したのだ。
妖魔が消えて行く。そして、その背後を強襲した人影が露わになる。
「……お前」
同じく妖魔の消滅を見守った某へと顔を向ける。そして、一瞬も考えることなく「はあ」と気の抜けたため息をつき、床に突き刺さった小太刀へと寄り掛かるように座り込んだ。
「助かった」
「無茶ばかりする刀神様だな」
嫌な顔をするでもなく言い、某は懐から符を取り出してくる。空中に足場を作る符だ。ここに来るまでにかなりの枚数を使っていたものの、まだ枚数はあるらしい。
「妖魔を誘導して、急所見極めて、急襲へ突っ込んで、時間稼ぎに自分を使って……長年の経験がある分状況判断が早く頭から突っ込みがちになる、と」
「む」
「ま、おかげで五体もの妖魔も難なく斬れた、感謝するよ。――それで梓、怪我は」
「ああ」
座り込んだまま腹部へと手を伸ばす。皮膚に触れずとも生温いものが指についた。内臓を裂かれるというのも大層な経験だ、もう二度としたくない。
「おい……これ、けっこうまずいやつじゃ……」
「焦るな、私を何だと思っている」
「鉄の塊」
「……間違ってはいないな」
「冗談言ってる場合じゃないだろう」
冗談を言ったのはそちらなのだが、と言い返す暇もなしに某は手を差し伸べてくる。それへと寄りかかりつつ、「すまない」と呟いた。
「直すのに、時間が、かかりそうだ」
「かかるも何も重傷だろうが」
「問題ない」
「無茶言うな」
「×××××」
名を呼ぶ。今ではもう覚えていないその名を、丁寧に呼ぶ。嘘ではないと伝えるために、真剣な面持ちで相方を見遣る。
「……私を何だと思っている」
微笑む。
「私が私自身の急所を理解していないわけがないだろう」
「……というと」
「人体に模している以上急所は似るが、人間と同じ頼りなさだとは思ってくれるなという話だ。生気があれば数時間で直るような怪我になるよう妖魔の前に飛び込むタイミングを調整した」
「……チートですか」
「というわけで褒めろ。讃えろ。私のことを考え私を認識し続けろ。それでお前の生気を吸うことができる。お前が私を認識すればするほど直りも早くなる。というわけで褒めろ」
「つくづく梓の生気の吸い方おかしいよな」
「利点はある。効率こそ落ちるが離れていても生気を受け取れる」
「リモート機能か……」
いつもの通り言い合いつつ、某が梓丸の隣へと膝をつく。腕を貸すだけでは足りないと思ったのだろう、差し伸ばされたその腕へと重心を預け、支えてもらう。ふと視界に二階の部屋の中が入り込む。子供が二人、目を見開いたままこちらを凝視している。
子供。
人間の、子供。
人間はすぐに死ぬ。そうはわかっていた。けれどなぜ、こうまでしてあの子供達を庇ってしまったのか。数え歌を止めるため? それだけだったのなら自分でも驚くほど仕事に忠実な刀神だ。
目を閉じ、顔を背ける。子供達を気にする代わりに自身を抱え上げた相方の名を呼ぶ。
「×××××」
ふ、という浮遊感。某が梓丸を抱え上げたらしい。
「何だ」
「あの数え歌、どこまで聞いた」
家の中から子供達を呼ぶ声と足音が聞こえてくる。夫婦が探しに来たのだろう。
「……六」
某が短く答える。そうか、と相槌を打つ。
「……大仕事の後に悪いが」
躊躇う必要はない。事実は早めに告げるのが良いのだから。
「七以降も来るぞ」
「そんな気はしていた」
夫婦が部屋へと入ってくる。子供達が両親を呼ぶ。再会し歓喜の声を上げるそれらへと耳を傾けつつ、某は呟いた。
「おそらくだが……あの鬼の妖魔を従える奴が別にいる」
Thou know'st 'tis common;
all that lives must die,
Passing through nature to eternity.
(c) 2014 Kei