時間屋
3. 父の恩は山より高し (2/4)
通学路の途中に公園がある。よく五時になるまでそこのブランコを漕いでいる。五時になったらチャイムが鳴って、いつも慌ててブランコから飛び降りて帰るのだけれど、今日はブランコではなくベンチに座った。
「はい、どうぞ」
隣に座ったじかんやさんが缶をくれた。あゆの好きなオレンジジュースじゃなかったけど、あゆの嫌いなコーラじゃなかったから、ありがとうと言って受け取った。
「わたしが呼んだってどういうこと?」
じかんやさんはジュースを何も持っていなかった。何も持っていない両手をこすり合わせ、そうですね、と言う。
「あゆさんが、時間が欲しいと思ったからです」
「それだけ?」
「十分です」
「でも、あゆ、言ってないよ? じかんやさんって呼んでないし」
「時間が欲しい、という言葉だけで結構です。その言葉を思うだけで、私の耳に届きます」
「すごいね。ゴクシ……ゴクシンジュチュ?」
「読心術ですか?」
「うん、それ」
じかんやさんによると、他人の気持ちがなんとなくわかるらしい。あゆにはできない。超能力だね、と言うと、じかんやさんは頷いたのか首を振ったのかわからない動きをした。
「さて、あゆさんは時間が欲しいのですね」
「うん」
「あゆさんの年を考えるといつもの値段は高いので値引きもしくは無料にするべきなのでしょうが、こちらも商売なので、あゆさんも他のお客様と同じ条件とさせていただきます」
難しくてよくわからないので、頷いておく。
「あゆさんは、今おいくらお持ちですか?」
「お金?」
「はい」
「お小遣いは一ヶ月に千円だよ」
「……結構高いんですね」
「お母さん、忙しいから、お菓子とかおもちゃとか、自分で買いなさいって。友達はみんなゲームとか何個も買ってもらうのに。わたしもゲーム欲しいんだけど、お金が足りないんだ。貯めようと思ってもお菓子とかで使っちゃって」
そうですか、とじかんやさんは言った。それからしばらく何も言わなかったから、人のいない公園は静かになった。
「……それでは」
じかんやさんがあゆの目を覗き込んでくる。
「五千円は出せますか」
「今こぶたちゃんの貯金箱に二千円入ってる」
「じゃあ、三ヶ月、何も買わずに我慢できますか? 時間を手に入れるために」
時間を手に入れるために。作文を書けるようになるために。
「わかんない」
正直に言った。今まで三千円貯まったこともない。今二千円あるのは、欲しいおもちゃがあったからだが、仕方がない。作文を何としてでも書かないといけないのだから。宿題をちゃんとやらないと先生にすごく怒られる。
あゆが首を傾げて言うと、じかんやさんは、うーんとうなって、また黙った。
「……じゃあ四千円はどうですか。二ヶ月我慢することになりますが」
「うーん……できる、かなあ」
「これ以上は下げられないですね。五秒でも足りないくらいなので」
「五秒?」
あゆの問いに、じかんやさんは、ああ、と両手を叩いた。
「すみません。説明を怠っていました。一秒千円です。それを高いと見る方が圧倒的に多いですが、そんなことはなくて、これでもだいぶ安くした方なんです」
オコタルってなんだろうと思っていると、じかんやさんはまたあゆの目を覗き込んできた。先生が、忘れ物をした子に、嘘をつかないで先生の目を見て話しなさい、と言っていたのを思い出す。嘘をつかせないためなんだろう、とあゆは思った。
「四千円。どうですか」
「……頑張る」
無理かも、と言えなかったのは、じかんやさんが目を合わせたまま逸らしてくれなかったからだ。絶対無理ではなかったから、無理と答えると嘘をついたことになる。先生の目を見て嘘は言えないけれど、じかんやさんにも嘘が言えなかった。
「交渉成立ですね」
難しい言葉を言って、じかんやさんはまた笑ったけど、今度は楽しそうだった。
***
Doubt thou the stars are fire,
Doubt that the sun doth move;
Doubt truth to be a liar,
But never doubt I love.
(c) 2014 Kei