時間屋
3. 父の恩は山より高し (4/4)
「――だから、僕の大切な家族は、犬のゴン太です。ついでにゴン太と同じくらいお父さんとお母さんも大切です。終わり」
先生がはじめに拍手して、続いてクラス中が拍手する。作文を読み終えた男の子が、照れたように、しかし嬉しそうに、下唇をかみながら駆け足で、黒板の前から自分の席へと戻っていった。
「次、櫻山あゆちゃん」
名前を呼ばれ、あゆが席から立ち上がる。黒板の前で回れ右をすると、同級生だけではなく大人の人達までもがあゆを見ていることに気がつく。このクラスの親が、授業参観の日だから、といっぱい集まってきていた。いつもは見える教室の後ろの自分のロッカーが、知らないおばさんの体で隠れている。
――数日前、作文を提出した後で、先生はにやにや笑いながら言った。
「これ、今度の授業参観日の時にみんなに読んでもらおうかな」
「えーっ!」
教室中大騒ぎになった中、先生は冗談だよ、と言いながら、でも、と続けた。
「先生は、これを、みんなのお父さんお母さんに聞いて欲しいんだけど、駄目かなあ」
いきなりそういう企画を提案してくる先生だったから、みんな呆れていた。事前に言うか、参観用に書き直させるか、どちらかして欲しかった。でも先生に反対することなんてできなかったから、みんな賛成した。おかげで今まで話した子達の中でも、家に帰った後大変そうだな、という子が何人かいる。
あゆは原稿用紙を開いた。あゆのお母さんはもちろんいない。だから、授業参観の前に先生に呼ばれた時、あゆはしっかり答えた。
「わたし、これで話します」
「でも、辛かったら言わなくてもいいし、書き直しても良いんだよ」
先に作文を見た先生はそう言った。お母さんは、先生がみんなに授業参観の話をしてから名字が変わることを言ったみたいで、職員室の先生は教室とは違って太い眉毛をハの字にしていた。だけど、あゆは発表すると言い切った。
先生は何度か同じことを聞いてきて、あゆは何度も同じ答えをした。十回くらいそうしてから、先生はやっと頷いたから、あゆはその日へとへとになって帰ったのを覚えている。
黒板の前で、あゆはもう一度教室を眺めた。大勢の人の目があゆを見てくる。あゆは大きく息を吸った。
「――わたしのお父さん。四年たけ組、櫻山あゆ」
***
わたしのお父さんは、今家にいません。たんしんふにんだとお母さんから聞いていました。帰ってこないし、手紙もなかったから、わたしはお父さんの顔や声を覚えていません。小さいころ、お父さんと遊んだ思い出もありません。だから、もしお父さんに会っても、お父さんってわからないんじゃないかなって思いました。
でも、この前会った時、お父さんに「お父さん」って言えました。すごくうれしかったです。お父さんもわたしをおぼえてて、わたしを見てくれました。すごくやさしい目でした。お父さんはやさしい人だと思います。だからあんなにやさしい目をしていたんだと思います。お父さんに会ったあと、お母さんに、「お父さんとはおわかれしたの」って言われました。お父さんにはもう会えないんだそうです。でも、さびしくありません。お父さんのやさしい目をおぼえているからです。たった四秒だったけど、お父さんって呼べたし、お父さんと目と目でお話できてよかったです。
お父さんとはもう会えないけど、お父さんのやさしい目を思い出して、これからもお母さんとがんばっていきたいです。終わり。
解説
2013年04月21日作成
子供を相手にした時間屋さんの対応を書きたかった回。子供相手だとしてもお客さんとして接するのが時間屋さんです。子供言葉やタメ口を使って年下と接する人あまり好きじゃない。あゆちゃんが歩いている通学路は私が実際に使っていた通学路をイメージしながら書いてました。とはいえこの文章力と描写のなさじゃ特定は無理だろうな。ふはは。
両親が不仲というのが経験もなく、当然近所でそういうことを見かけることもなかったので、よくあるパターンな感じの両親になってしまったのが残念。両親の方をもっと書き込めたのなら、童話風ではなくリアリティのあるお話になったのかなと思います。
Doubt thou the stars are fire,
Doubt that the sun doth move;
Doubt truth to be a liar,
But never doubt I love.
(c) 2014 Kei