短編集
10. メッセージ (1/1)


  やあ、久し振り。顔を合わせられなくなってから、君に伝えたいことはたくさんあったのだけれど、どうにも心地が良くなくてね。今更やっと手紙を書くことになってしまった。心地が良くないというのは別段君に負い目があるわけじゃない。手紙を書くということがどうにも落ち着かなかったのさ。
 今、こちらは夏の盛りだ。暑い。熱中症なんていう言葉も標準的な地位を得て、今や専門用語や流行り言葉の枠を超えて日常の一部になってしまった。「暑い」とくれば「熱中症」だ。まるで枕詞だね。昔は「暑い」とくれば「蝉」や「カブトムシ」や、あるいは「かき氷」だったのに。いや、これは僕だけの枕詞か。
 ここまで書いておいて何だけれど、上記は僕が君に伝えたいと思ったことではなくてね。前置きというやつだ。本題は別にある。のだけれど、さて、どう書き表したら良いものか。
 何の話だ、と君が苛立つ様子が目に浮かぶ。簡潔に言えば、雨の話なのさ。水たまりの話でもある。先日、花火大会を見てきてね。降水確率が百パーセントだったというのに川辺で決行されたそれは、結論から言えば見事だった。河川敷だから足元がびしゃびしゃでね、靴下は濡れそぼるし靴は泥にまみれるし、と足元は散々だったのだが、この目で見たものはとても素晴らしかった。僕は同一の体によってその場にいたというのに、体感したことは一つに収まらず、快感と不快感とを両方、いや複数内包していたのさ。不可思議なことだろう? そうでもない? 僕には不可思議なことのように思えてならなかったのさ。
 街の民が各々メッセージと共に出資した花火が次々に打ち上がる、多種多様なメッセージは家族間の思い出作りを目論んだものから企業の宣伝まで様々だ、けれど結果的に全ては同じ燐光へとその姿が帰している。同一だ。それを眺める僕はというと視界の鮮やかさと雨を被る興奮と足元の不快さとでないまぜになっている。非同一だが僕の体という枠の中からははみ出さない、つまり所在は同一だ。何が言いたいかわからん、と? ああそうだろう、だから僕は手紙を躊躇ってきたのだよ。
 その花火大会は実に素晴らしかった。その素晴らしさを、僕は文面に落とし込めないでいるのさ。
 手紙とは何であろうか。メッセージとは何であろうか。記号である。多感を他者へ伝える共通言語である。「面白かった」と言えば、相手は歓喜と興奮と達成感とを混ぜた心地を想定する。受け取ったその擬似的感覚を元に会話を進めようとする。この世には既に規定された記号がいくつかあって、「心地が悪い」だとか「快感」だとか「不快感」だとか「素晴らしい」だとか「面白い」なのだが、僕はどうにもその決まりきった言葉では僕が得た感覚を正確に君へ伝えられそうにないのだ。現に君だって、今ここまで読んだというのに僕の言いたいことはさっぱりなのだろう? 駄文だと思っているだろう。その戸惑いこそが僕の戸惑いなのだ。
 ああ、だから、僕はこれ以上何をも書けそうにない。僕が得た感動と呼ばれる感覚を正確に君へ伝えられる気がしない。この手紙は没にしてしまおうか、捨ててしまおうか。いや、この曖昧で不誠実な文面だからこそ、君に何かが伝わるのだろうか。その「何か」が僕が真に伝えたいと思った「何か」と同じかどうかは、僕にも君にも知る由もないけれど。
 もどかしい。ああ、この言葉すらも例の記号ではあるが、実に「もどかしい」。
 だから、今度、同じ花火大会が催された時には共に来てくれないだろうか。同じ場所で同じものを聞いて見たのなら、言葉もなく記号もなく手紙もなく、君にこれが伝えられる気がするのだ。同じ花火大会でなくとも良い。他の花火大会でも良い。秋の祭りでも良いし、冬の初詣でも良い、催しではなく何ということのない日常でも良い。そうしたら僕は、このような文面をつらつらと書かずに済むし、君もこれを読み解く手間が省ける。良い案だと思わないか?
 ……誘い方が下手? さて、何のことだろうか。
 返事を楽しみにしているよ。ああ、とても、とても「楽しみ」だ。


解説

2022年08月25日作成

 Twitter企画「文披31題」のDay. 22「メッセージ」を書き直したもの。
 当初書いたやつがあまりにもトリセツになってしまったので、製本を見据えて改めて書き直しました。地元の隣町?の花火大会に行った時の思い出をもとに書いたんですが、雨の中華々しく行われまして。河川敷だったから足元べちゃべちゃどころか浸水状態だったけど。花火大会と言うけど花火を競うものではなく、地元の人達の思い思いのメッセージをMCが読み上げて打ち上げる、という感じの、身内感満載な良いお祭りでした。


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei