短編集
4. 投身自殺 他 (1/1)
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【投身自殺】
雨が降っている。水溜まりの中に水が落ちていく。いっそ一度に落ちて仕舞えば良いのに、何故か水の塊は千々に散って各々の好む時機に地へと衝突していく。地へぶつかって、弾けて、砕けて、きっとそれが血の赤を持っていたのなら悲惨な光景がそこにあったことだろう小さな衝撃音と共に殊更細かな粒となる。
幾つもの粒が潰れて形を失う。けれどそこに赤はない。青もない。背景を透かす無色がひたすらにばらばらと落ちてくるだけ。
雨が降っている。赤を宿さない死が繰り返されている。人はそれを心地良いと言い、美しいと微笑み、楽しむ。ならきっとそうなのだろう。
傘の向こうの空を見上げる。たくさんの投身自殺を眺める。
雨はまだ止まない。
解説
2021年06月24日作成
雨に対してよく思っていること。なんだけど思ったより反響あってびっくりした。みんなこう思わんの???
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【綺麗】
花が咲いていた。花と呼ばれる植物の部位が群れていた。人間のものよりも遥かに短い生の中で僅かな時間にのみ見せる生殖部位はその緑の葉とは異なる色合いで、一言で言うのなら水で溶かせそうなほどに白んでいて、けれどコンクリートや木材のみならず色鮮やかなプラスチックにも劣らず目立っている。派手さで言えば人工物の方が遥かに上だろうに奇妙なものだ、と彼は思う。
「綺麗だね」
誰かが言う。彼は「そうだね」と返す。
「綺麗だね」
何がかはわからない。けれど派手さに負けない淡い色合いを「綺麗」と呼ぶのなら、この花もまた「綺麗」なのだろう。
「……綺麗だね」
繰り返す。キレイという三つの発音記号は舌の先からごろりと落ちた。
解説
2021年06月24日作成
この連作は以前動かしていたアイドルっ子の心情整理で書いたものではあるけれど、まあ例の如く私の感覚でもあったりする。全てにおいてゲシュタルト崩壊。まじで気が狂いそうになるよね。
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【人形】
人形が好きなのだとその子は言う。可愛いでしょ、と赤ん坊よりも小さな人型の少女を嬉しげに見せてくる彼女へ、彼は「そうだね」と笑みを返す。
「可愛いね」
すると「見せてあげる」と、押し付けられるように渡された。それの胴を両手で掴んで受け取る。こういう時は動作を遅くして丁寧さを表現するんだったな、と彼は思い出す。ゆっくり受け取れば、彼女は嬉しそうな笑顔をそのまま続けていた。対応は正解だったらしい。
手の中のプラスチックの五体を眺める。焦点の合わないペイントの目、白インクで輝きを描き込まれたその両目へ彼は無理矢理視線を合わせる。
固められた頬へと触れて、そのまま指の腹で頭を撫でた。その動作に意味はなかった。人形も喜ぶでもなく戸惑うでもなく笑み続けていた。
「――……、……」
動かない表情に、彼は僅かに目を見開いて、何かを呟きかけてやめて、その後一瞬だけ眉根を寄せて視線を落として口元をわななかせて、そして。
今度は、ゆっくりと人形の頭を撫でた。
解説
2021年06月24日作成
ここいらへんは「彼」の過去編を読んで欲しいのだが、案の定期間限定ネプリでしか公開していないのであった。
相手が物体だから安心するところ、あるよね。
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【ナイフ】
ナイフを持ってみた。果物ナイフよりも肉厚なそれは父の海外土産の品で、野外活動で使うようなものだった。重い、と思いながら木製の柄を握り締めて、軽く持ち上げて、包丁よりも複雑な形をした刃先を見つめる。
これならプラスチックの袋に穴を開けることができる。皮を破くこともできる。布を裂くだけではなく肉も切れる。きっと、それ以上の、
――それ以上は思いつかなかった。
少し考えて、ナイフを元の場所に戻す。ゴトリという重々しい音に耳を傾ける。
何かを思いかけたけれど、それが何だったかは忘れてしまった。
解説
2021年06月24日作成
ナイフの暗示は某同人ゲームの影響。つかそれまんま。暗い日曜日は良いぞ。
武器って持つだけで強くなった気分になるし、そうなれるからこそ縋りつきたくなるところがある。でも何に対して強くなりたいのかわかんないから、結局何にもならない。
ちなみに「彼」の父は外交官。という名のスパイさん。「彼」の明晰さは親譲りという裏設定。
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【暗譜】
音楽を聞いていた。クラシックピアノ曲だ。街中でよく流れる、著名な曲。いくつもの旋律を組み合わせた高度な、けれど耳馴染みの良い。脳科学者の一部はこの作曲家の曲は脳に良いのだと論じていたけれど、その真偽はわからない。
その曲を音楽プレーヤーでひととおり聞いて、そうして彼はピアノの椅子に座って鍵盤に向き直る。鍵盤の上に指を乗せる。上体諸共跳ね上げるように冒頭のリズミカルなスタッカートを叩く。強い音は上体を鍵盤に埋めるほどに沈めて、軽やかな音は背を起こしながら手首を弧を描くように動かして。
一度聞けば楽譜は要らなかった。教科書の内容を覚えるように、推理小説のストーリーを他人に説明するように、順を追って思い返すだけ。ただの状況説明。
だから、彼には楽しくも何ともなかった。
解説
2021年06月24日作成
天才ってちやほやされるし創作世界だとよく「でもどこか抜けてる」「でもどこか頼りない」「構ってあげたくなる」的な作り方されがちだけど、本当の天才ってきっと死んでるのと同じくらいの虚無を背負っているんだよなっていう。世の中全てのことを見通せるって、それはつまり世の中全てがくそつまんないってことなんだ。
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【誘導尋問】
学校の教師に呼び止められ、彼は廊下で立ち止まった。振り返って話を聞けば、どうやら委員会の仕事があるらしい。委員長でもなく自身と仲が良いわけでもない彼へ話しかけてきた理由を考えて、彼は「そうですか」と笑みを返した。
「じゃあ放課後に伺いますね」「あ、いや、今日はちょっと家の用事でな、早く帰らなきゃならないんだ」「そうですか。奥さんって春子先生でしたよね。一緒に帰るんです?」
あえて名前を出す。教師は気まずげに視線を泳がせるはず。
「いや、一緒ではないけど……」
後は脈絡なく結論を告げれば良いだけだ。相手の話に合わせるより早く会話が終わるし、今後自分を都合良く利用されることもない。
「そうですか。それじゃ、明日の放課後。……あ、そういえば春子先生と春美先生、名前が似てますね。春の字がお好きなんですか?」
何を断定したわけでもない言葉。その方が効果が高い。
教師が青ざめる。それもまた、予測通り。
何もかもが予測から外れてくれない。
解説
2021年06月24日作成
連作はここで気が尽きた。書けば書くほど闇が深まる。でもきっと「彼」本人はこれを闇だとは思ってない。だってこれしか知らないんだもん。ちょっとした思い付きで相手を弄んで、でもそれもすぐに飽きちゃうんだろうな。
これが天堂零、もとい天堂満という少年です。というお話。
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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei