短編集
05. 何てことのない五月某日の話 (2/2)


 赤坂さんの話は唐突に始まった。事務所の中にある自販機で缶ジュースを購入していたら「おう、お前確か天堂のマネージャー紛いだったよな! 来い!」と肩を組まれ引きずられるように近くの公園へと連れ込まれ、訳もわからないままベンチに座らされ、そして昔語りが始まったのだった。
 この事務所の人、みんな強引すぎる。もっとこっちの話を聞いて欲しいです。話す間もない、というのが現実だけれど。俺が話下手なのもあるかもしれないしきっとそれが原因なんだろうけれど、それにしたって皆さん強引です。
「ってことがあったのが去年だ」
「はあ」
「いつか俳優を辞めるんじゃねえかと思ってたんだけど、頑なに拒否ってたマネをそこら辺から拾って来るわいろんなオーディションに顔出すわで急展開してるわけよ」
「マネージャーったって、飾りの、ですけど」
「あいつ全部一人でできるからなあ」
「正直、俺、何も仕事してないです。あいつのケータイの電話番くらいで」
「でも芸能関係ミリ知らなんだろ? 楽で良いじゃん」
「そんなに気軽に考えて良いんですか」
「良いんじゃねえの? むしろ変に気使うとあいつが嫌がるだろ」
「……ですね」
 話題にしている彼のことを思い出す。いつもにこやかで、穏やかで、けれどその脳内は常に先読みをしていて、話せば話すほど何が正しいのかわからなくなる年下の、天才。
 天才――たぶん、きっと、そうだ。
 上にのぼり詰めようとしなくても上にいられる、そんな存在。オーディション通過を四つ葉のクローバーと同じ「低確率なだけのもの」と言い切れる、何もかもが上手くできるタイプ。
 そして。
「……わからない、か」
 色彩感覚の話じゃない。それとは別の、少しだけ抽象的な例え話だ。
「どう思うよ、マネージャー」
「どう、って言われても」
「いつかいてみたかったんだよ。あいつのマネなら、この話、どう感じるのか」
 そもそもマネージャーと呼ばれるのも気が引ける。自分はただ、彼の建前のための存在だ。何かと口出しできるわけでもないし、決定権があるわけでもない。出会って数日しか経ってないし、もちろん友達とも言えない。
 ――でも。
「そう、ですね」
 目を閉じる。手の中の冷えた缶に意識を向ける。手のひらについた水滴は冷たくて、す、と思考が冴えていく気がした。
 あいつにとって、四つ葉のクローバーも三つ葉のクローバーも同じなら。
「……逆を言えば、あいつにとって三つ葉のクローバー全部が四つ葉と同じなんだろうなあって」
「うん?」
「三つ葉も四つ葉も同じにしか見えないってことは、四つ葉をわざわざ探さなくても三つ葉で良いってことなのかなって。むしろ三つ葉の方が良いのかもしれない。探されて、千切られて、別のところへ連れていかれて、特別に扱われるよりは……たくさんの三つ葉の中に馴染んでいた方が良いのかも」
 これは想像でしかないけど、何となくそんな気がする。
 ――わからないよ。
 この耳では聞かなかったその声は、きっと、いつもとは違う声音だったと思うから。
「オレにはわからねえな」
「なんかすみません……俺もよくわかってないです」
「いや」
 突然頭の上に手を置かれる。間髪置かず、わしゃわしゃと髪を乱される。
「わ……」
「お前があいつのマネになってくれて良かったって思うわ」
「え?」
「お前、名前何だっけ」
「……た、谷川です。谷川、夏那
「な、づ? ……んー、じゃあなっちゃんか」
「なっちゃ……いや、えっ」
「じゃあな、仕事頑張れよ! なっちゃん!」
 何を言う前に赤坂さんは颯爽と去って行った。片手を上げて白い歯を見せて―ドラマとか漫画でよく見るやつ―俳優なんだなあ、なんてぼんやり思ったり。
 でも「なっちゃん」はさすがにやめて欲しいです。恥ずかしすぎる。俺一応十七歳だからね! どんなファンサービスかな! 望んでません!
「話は終わった?」
「どわあああああ!」
 めちゃくちゃびっくりした。バッとそちらを見れば、赤坂さんが去って行ったのを眺めるようにしつつミツル――天堂が歩み寄ってくる。明らかに、近くでこっそり話を聞いていたやつだ。
「お、おま、お前、いつから」
「最初から」
「何でええええ」
「珍しい組み合わせだったからね。つい」
「つい、じゃねええええ」
 第三者についての語りを当人に聞かれるって、こんな仕打ちある? しかもなんかすごい訳知った風に話をした気がする。恥ずかしいというよりも申し訳ないというよりも「やっちまった」感が強い。もしかしてクビですか? まさかのクビですか?
「ごめんなさい」
 立ち上がって深く頭を下げた。
「何が?」
「いや……なんか、うん、こうした方が良いって直感が……」
「直感か、なら仕方ないね」
「仕方ないですね」
 何が「仕方ない」んだ。わからん。
 謎の会話をしつつ、ミツルは俺の隣へと来た。けれどベンチへ座ることはなく、そのまま通り過ぎて数歩先で立ち止まる。
 その足元には、緑。
「ナズナさん」
 わざと言いやすい呼び方で、足元を見下ろしたミツルが俺を呼ぶ。
「君には、これは何色に見えるの?」
「緑だな」
 すぐに答える。それ以外の回答を、こいつは求めていない。
「そうだね」
 ミツルが笑う。楽しげに、朗らかに、笑う。
「僕にもそう思える時が来るかな」
「あんたが望むなら来るだろ。……けどさ」
 少し躊躇う。けれどミツルは俺へと促すように黙り込む。
 沈黙。
 途中で止めた俺の声が中途半端に宙を漂っている錯覚。
「……別に、『緑』じゃなくても良いんじゃないの」
 皆が『緑』と言うそれを『緑』だと思えないのなら、それはそれでも良いんじゃないだろうか――と思うのはミツルにとって違うのかもしれない。
 でも。
 皆と同じ答えに辿り着けないままそう結論付けるのも、悪いことではないと思う。
「……どうだろうね」
 ミツルは小さく笑うだけだった。
「まだ、わからないな」
「そうか」
 ミツルがしゃがみ込む。ぷち、と何かを千切る。そうして立ち上がって、手の中のそれを差し出してくる。
 その手のひらの上からつまみ取って、眺めた。
 ――鮮やかな緑色の、四つ葉のクローバーだった。


解説

2022年05月22日作成

 Twitter企画「ぺーパーウェル08」(公式Twitter:@n_paperwell)様に5月に参加した作品。お題は「緑」。
 初参加にしてウェブ版だけっていう猛者。ネプリにしたらページ数多くなっちまったんだよ…後日様子見しつつネプリ登録するかどうか決めます(臆病)。
 草案時のタイトルは「四つ葉のクローバーは幸せか?」でした。実は以前動かしていたアイドルっ子達の話だったりする。とはいえあの世界観は破綻したのでここでの彼らはアイドルしてない。レイの名前もレイじゃない。まだ設定不安定だし後々変更あるかもだから未完成感強いお話です。例の如く難しい話してやがる。でも書いてて楽しい。
 アイドル世界とは違ってここではレイもといミツルが中心になると思います。なお、ミツル(満)は亡き祖父の名前だったりする。素敵な名前だし彼に合うから採用したけど、呼ぶたびに呼び捨てにしてる罪悪感がやばい。


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei