短編集
7. TwitterSS 3編 (1/1)
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【恋心、巡る】
新しい恋がしたいので、今まで持っていた恋心を捨てました。
その恋心との出会いは仕事帰りの交差点だったと思います。確か信号待ちをしていた時に、ふと足元を見下ろして、そうしてあの恋心に気付いて拾ったのです。その柔らかい表面には少し傷が付いていて、それがどうにも憐れに見えて思わず拾い上げたのでした。おそらく、前の持ち主がアスファルトへ叩きつけるようにして捨てたのでしょう。
あの恋心は今やすっかり元気になり、その後私を支えてくれました。私の元を離れた今も、どこかで誰かを支えてくれていることでしょう。今度は傷が付かないよう、そっと路肩へ置いてきましたから、拾われてすぐに拾い主を癒してくれているはずです。
解説
2022年02月28日作成
月一で発表されるお題から300字ssを投稿するTwitter企画「Twitter300字ss」様への参加作品。
お題は「捨てる/棄てる」。捨てるという単語はどうしてもマイナス方面になるので、あえてプラスの意味での「捨てる」になるようにしました。柔らかいハートのクッションじみたやつを街中で拾う光景が目に見えたので、これです。
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【空、一夜】
夕焼け空があまりにも綺麗だったので、手を伸ばしてみたのです。けれど私の手は空の中へと浸されてしまって、慌てて引き抜こうとしたら、オレンジ色と青色とが混ざって暗く濁ってしまいました。
そっと手を引き抜くと、指先からこぼれた空が黒色へぴちゃんと落ちてキラキラ輝いて、濁った空が綺麗な星空になりました。これはこれで良いのですが、きちんと戻さなくてはいけません。
少し考えて、空の上澄みを掬い取ることにしました。思った通り段々と星空が白んでいきますが、味気のない色になってしまったので、上澄みから星を取り出して丸めて空へ押し込んでみました。
星の塊はひときわ眩しく輝いて、白んだ空を青く照らし始めました。
解説
2022年06月04日作成
同上、Twitter企画「Twitter300字ss」様への参加作品。お題は「手」。
手を夕暮れの空に突っ込んだら、という妄想。自転と公転ではない、こんな夜があっても良い。色水の中で絵の具のもやもやが動く様子を見るのが好きだったタイプです。
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【思い出に乗って】
ああくそ、と私は屋上から飛び降りた。ひゅるひゅると上空へ昇っていくたくさんの窓を見送りながら落ちる。そろそろ地面にぶつかるなあと思った時、初めて「嫌だな」と思った。痛いの嫌だな。ぐちゃぐちゃになるの嫌だな。けど一度落ちたものは止められない。やがて私はきちんと地面にぶつかった。
ぼふん、と柔らかい地面にぶつかった。
慌てて体を起こす。私は宙に浮く布の上にいた。酷く汚れた布だ。砂埃に、大小様々な足跡、涙の跡、子供じみたクレヨン絵、見慣れた字、友達とのプリクラ。
やがて空飛ぶ布は私の家へと辿り着いた。少し考えて、布を手洗いで洗って埃だけを落とすことにした。
派手な布は今、私の新しい布団カバーになっている。
解説
2022年07月02日作成
同上、Twitter企画「Twitter300字ss」様への参加作品。お題は「洗う」。
思い出を洗う…というイメージで始めたつもりが、洗わない方の締め方になってしまった。でもどこぞを漂っていた布がちゃんと「私」のところへ辿り着いて布としての役割に収まったからこれはこれで良い。なんか野良猫みたいだな、この布。
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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei