短編集
8. 文披31題 31編 (1/4)


「文披31題」とは



 Twitterお題企画です。企画主催様は綺想編纂館「朧」様。企画概要はこちら
 一日一作品、あらかじめ提示されたお題で書いていく企画です。とはいえ厳密にやる必要はなく、早出しさえしなければつまみ食いでも遅刻でも良い模様。今回初めての参加ですが、遅刻しつつ頭を悩ませつつ書きました。
 本作品は連作ではなく短編集、共通お題として「夏」を意識しています(そうじゃないのも混じってるけど)。童話風やらエッセイやらファンタジーやら文学風やら、ヒヤッとするものにほわっとするもの、自分が書けるあらゆるもの何でも詰め込み! 活きの良さを重視し、全て一時間程度の即時仕上げ、誤字脱字チェック以外の推敲らしい推敲はしておりません。お楽しみいただければ幸いです。




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Day1. 【黄昏】



 世界の始まりは朝焼けだったらしい。明暗すら定かではない世界へ差し込まれた一本の、その鉾によってかき寄せられた塩の山、それと一緒に生まれた昼と夜の境界。
「なら、世界の終わりは夕焼けなのかな」
 柵の手前で君は言う。柵の向こうには海があった。海だ。地面の代わりに水面が広がっている。地面よりも柔らかなそれは、風だけとは思えない大きな力に従って僕達の方へといくつもの白波を何度も寄せてくる。その向こうに山吹色の太陽がいた。海を従え僕達に対峙するように、白波を従えた太陽がいた。
 白波は未だ僕達のところまでは届かない。けれど僕達はいつか、この白波に到達される、そんな気がする。
「そうかもね」
 僕は答えた。海を眺めながら繰り返し押し寄せる白波の白い牙を待つ君へ、風になびく黒髪を敵の色に輝かせている君へ、答えた。
「悪くないんじゃない」
 広大な海をも染める強大な黄金色。それを受けながらも海の一部にはならない君。
 これが世界の終わりだというのなら、僕は嬉しいとさえ思っている。


解説

2022年07月01日作成

 黄昏、といえば海です。日本海側の出身かつ日本海側住まいなので夕日は海に沈みます。ここ重要。
 黄昏というとやはり色合いかなということでそのあたり重視しています。あとは、少女の凛然さ。三十一題が始まった矢先に終わりを匂わせるお題だったので面白かったです。


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Day2. 【金魚】



 金色の金魚はいないのか? 何を言うかね、金魚ってのはだいたい、赤か黒か、そんなもんなんだよ。
 おじさんがそう言うから、胸の中のふわふわしたものが遠くの地面にぽぉんと転がり落ちてしまった気分になってしまって、僕は金魚すくいの屋台から足早に離れてしまった。だって金色の金魚が欲しかったんだ。名前の通りの金魚が欲しかったんだ。
「きみね、だから言ったろう? そんなこと大人にいたってまともな答えなんぞ返ってきやしないって」
 ふるり、と目の端を金色の尾が翻る。胸びれをふよふよと緩やかに動かしながら宙へぶくぶく泡を吹かせるそいつに、ぶんぶんと首を振る。
「いる。どこかに、いる。あんたと同じ、金色の金魚」
「さてねえ」
「だから諦めないでよ。仲間、探してやるから。あんたがひとりぼっちにならないように」
 大人になったら僕、あんたのこと、見えなくなっちゃうんだから。
 僕の言葉に金魚は笑った。ぷくぷく、ぶくく、と金の鱗を煌めかせながら笑った。
「もう十分だけどもねえ」
 パァン、と花火が打ち上がる。わぁ、と歓声が上がる。ぷくく、と泡が上がる。泡の中に花火が映って、色鮮やかにきらきらと色めく。同じ色が鱗を照らして、金の金魚をさまざまな色に変えていく。赤、青、黄、紫。
 綺麗だ、と思う。だけど、花火が上がってない時の金魚の方が、綺麗だと思う。
 瞬きをしないよう目に力を入れる。空の光を目に焼き付ける。花火と、あぶくと。
 ――金色の、金魚。
「……大人になりたくないなあ」
 呟いた声は花火の音にかき消された。


解説

2022年07月02日作成

 金魚というので金色の金魚、それも宙を泳ぐ金魚が良いなと。あと、金魚といったらお祭りの屋台ですよね。ホームセンターにもいたりするけど。実家でよく金魚を飼っていて、それらは全てお祭りで持ってきた和金でした。一番大きい子で二十センチ以上になった気がします。ほぼ鯉だった。元々ほぼ鯉だけど。


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Day3. 【謎】



 桜の木の下。鴉。黒猫。彼岸花。十三日の金曜日。線香花火。
 これらは全て手蔓にございます。不吉? ええ、ええ、そうでございましょう。人はいにしえより、それを「不吉」と呼んで避けてきたのでございますから、すなわちこれは「不吉」に他ならないのです。
 ですがわたくしはこれを吉兆と思うております。清水の流れ、誰もが口つぐみ、静寂の果てにゆる鐘の音。色鮮やかな夏の中の白美は何よりも目を惹きましょう。わたくしはこれが愛しくてなりませぬ。艶やかな手触り、変わらぬ丸めいた形、心弾む声音は木片の打音の如し。わたくしのいたずらめいた指のみならず鳥の気慰みめいた啄みすら許すこれの気の良さは、他の誰にも劣りますまい。
 さて、あなた様は今、わたくしの手元に何があるかおわかりになられましたでしょうか?


解説

2022年07月03日作成

 謎、という単語を検索したら「不可解なこと」みたいな意味の他に「なぞなぞ」「なぞかけ」ってのも出てきたので、そっち方面にしてみました。後で確認したけど、この後お題に「線香花火」があって笑っちゃった。か、被りだ…!
 この謎かけの答えは、まあ、言わない方が無難ではあるんですが…「死」そして「頭蓋骨」ですね。芸術としての人間の死体ってとても良い。死を愛でるというのは芸術にしか成し得ない美の骨頂です。


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Day4. 【滴る】



 こぼれ落ちていった。
「ずっと内緒にしてたんだよ」
 その口の端から、こぼれ落ちていった。
「でもね、もう、我慢ならなくなったの」
 ぽたりぽたりと、一粒ずつ、やがてぽろぽろといっぺんに。
「ずっと気になってたの。ほんとはね、ずっと見てたし、聞いてたんだ。だから今何してんのかなとか、何考えてるのかなとか、何時に帰るのかなとか、いろんなこと気になってたの。でもこれ、良くない気がして、言うのだけは我慢してたの。今まで、今の今まで、ずっと」
 思いというしずくはやがて雨粒になって、雨になって、ざあざあと降り注いで私を濡らしていく。滴る、滴る、髪の端から、肌の上から、下へと滴る。
 滑り落ちていく。
「でも我慢しきれなくなっちゃった。言わなきゃいけなくなっちゃった。ごめんね、ごめんね、あやちゃん」
 みいちゃんが泣いている。ぽとぽととしずくをこぼしながら泣いている。
「あやちゃんがたっちゃん殺したこと、お巡りさんに話しちゃった。ごめん、ごめんね」
 滴る、滴る。みいちゃんの内側から真実が、私の内側から冷や汗が。
 ――滴る。


解説

2022年07月04日作成

 ホラーっぽいのを書いてみたかったんだ。なお憑依型書き手である私はホラーを書くとなると自分が一番怖いものを想像しなきゃいけないので、本格的なホラーは書けません。主人公が泣き叫ぶ前に私が夜のトイレに行けなくなる。こういう叙述的なやつで精いっぱい。
 滴る、なので汗というか、「あふれる」というイメージです。内側に秘めていたものが徐々に露呈するという風な。感情がじわじわあふれるというのも含んでいます。かなり抽象的なお話になりました。


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Day5. 【線香花火】



 親友が死んだというので、葬式に行った。その時棺の中に入れようとご家族が持ってきていた親友の私物のうち、一つだけを貰い受けた。
 塩を被りもしないで自宅へと戻り、喪服のままベッドに倒れ込む。別段悲しい心地はしなかった。不思議と絶望感も喪失感もなかった。顔見知りでも友人でもなく「親友」と呼べる間柄だったというのに、自分でも驚くほど落ち着いていた。
 ベッドに倒れ込んで数秒の後、仰向けになって天井へと手の中のものを掲げた。棺の中に入り親友だったものと一緒に炭になるはずだった、赤い花だった。
 彼岸花。
 まさかこれをドライフラワーにするやつが世の中にいるとは。少しだけ笑い声を上げてから、私はふと思い出した。
 そういえば、今年はあの子と線香花火をする約束だったっけ。
 大したことじゃない。流行りの恋愛ドラマの真似をしようというアレだ。侘び寂びめいた質素な火花のどこに青春があるのか、あるとしたらそれをどうぶち壊せるものか、試してみようというガサツな目論み。私達はいつまでもくだらなかった。
 上体を起こす。彼岸花だけは変わらず下向きになって私の胴体を見下ろしている。ドライフラワーというと逆さ吊りになった花束が想像された。死体を吊って乾かしているような風景で、どうにもおぞましさが拭えなかったものだ。私と思考回路の似ていたあの子はというと逆にドライフラワーを好んでいた。
「……はは」
 私は笑った。逆さ吊りになったカラカラの彼岸花を見て、笑った。
 ――椀のような、ひっくり返った蜘蛛足のような赤い花は、こうして逆さにしてみれば線香花火のように見えたのだ。
「こりゃもう青春じゃあないね。しわっしわ」
 私はひとしきり笑った。私だけではなく彼女もひとしきり笑ったことだろう。私達はよく似ていた。
 私はドライフラワーを部屋に飾ることにした。もちろん、花を上に向かせてである。火種が落ちる心配もなければ手に火がかかることもないのだ、逆さまにして花として眺めたって別に良いだろう。
 儚い風情の全くない大きな線香花火は、今、私の平凡な部屋で永遠の夏を咲かせている。


解説

2022年07月05日作成

 ここら辺から毎回お題の単語を一度検索にかけるようになった。線香花火って彼岸花ひっくり返したみたいだよなあ→ひっくり返すとなるとドライフラワー思い出す→あれ死体釣ってるみたいだよね→じゃあ葬式関係にするか、という連想です。線香花火がお題となると「儚さ」だとか「綺麗さ」をピックアップする方が多いかと思って、それらと真逆であることを意識した陽気な文面になっています。大勢が同じお題で書く企画なので、どの日もあえて一般的なイメージとは逆のお話を書くようにはしていましたね。だってどれも同じ傾向じゃ読む方がつまらないじゃん…


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Day6. 【筆】



 誰もいなかった。何もなかった。行き着いた先の荒野は荒野でしかなく、彼が孤独であることを強調した。固い地面、色味のない空。それしかない。
 けれど彼はというと、朗らかに笑い声を上げるのだった。それはその世界で初めての音で、笑い声は突然の自分の誕生に戸惑った後、空へと向かって一直線に飛んでいった。
 笑い声は二度と帰ってこなかった。
 彼はひとしきり笑った後、手をすぼめて空へと伸ばし、そうっと左右へ揺り動かした。指先の動きに従って空に白い線が生まれた。彼はそれに「雲」と名付け、いっぱいに広げた両手のひらで雲をどかすように、一方向に大腕を振った。ひゅう、と雲が動く。「風」が生まれたのだった。とん、と彼の拳が空を突く。空が抉れて丸い穴が空いた。その縁をそっとなぞれば、穴はメラメラと燃え始めた。あまりにも熱かったので彼は慌てて両手で穴を少しだけ狭めた。メラメラとした炎は火の粉を飛ばして空に細かな穴を作ったものの、やがて一つの穏やかな火に収まった。「太陽」と彼はその穴の名を呼び、空の端に人差し指を押し付けて小さな穴を空ける。「月」だ。彼は太陽と月とを順にそっと一方向へ押しやり、その二つが空を一方向に動くようにした。すると太陽の位置により空に明暗が生まれることとなった。彼は少し月を動かして、太陽が空にいない間は代わりに月が空にあるようにした。
 こうして「昼」と「夜」とが出来上がった。
 続いて彼は地面へ指をつけ、スッと上へ離した。その指先に合わせてスッと緑の線が地面から生えた。彼は今度は両手の全ての指を地面へつけ、全ての指先をスッと上へ離した。緑の線が一気に生まれた。彼はそれを「草」と呼び、親指と人差し指とで作った円をその先端へつけた。円を埋めるように赤い丸が生じた。彼が閉じた手のひらをパッと開けば、赤い丸もパッと開いた。
 彼はそれを「花」と呼んだ。
 花はしばらくして「水」を求めた。彼は雲を呼び寄せ太陽と月とも相談したところ、海なるものを作れば良いことがわかったので、荒野の先に立ち両手を左右へめいっぱい動かした。地面がざぶんざぶんと揺れた。ぶつかり合った地面は青色を生じた。「海」ができたのだった。ちなみに太陽が海の色を大層気に入ったので、彼は空の隅から隅までを海を掬った手のひらで撫でつけ、空を青色にしてやった。
 こうして「雨」が降るようになり、花は「種」を作って自らを荒野に増やすこととした。その後は彼の手が何をするまでもなく荒野に様々なものが生まれた。彼は名を与えるだけの存在となったけれど、皆は彼を慕い続けた。
 皆に「神」と呼ばれるようになった彼は今も、自らの手のひらから描き生まれた世界を眺めている。


解説

2022年07月06日作成

 創世神話を書くの好きです。今回は「筆」から、手を筆のようにして世界を描いていく様子を想像してこれを書きました。ぽん、と子供が生まれてくるのが日本の創世神話だけど、こうやって必要なものを誰かひとり(ひと柱)が練り練り作り上げるって神話もけっこう好き。世界で初めての創作活動も芸術であって欲しいな。


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Day7. 【天の川】



 私の実家は、田舎と呼ぶと旧友に怒られ都会と呼ぶと同僚に笑われる程の発展具合の街にあるのだが、夜になると家の近くの街頭一つ二つがあるだけの暗闇になる。私の母はよく外の庭に出て星を眺めた。普段は階段下から用事を大声で言ってきたり迫り来るように足音を立てて階段を上がって勢いよく扉を開いてきたりする母が、時たま子供部屋へと静かに上がってきて「星見えるよ」「今日は流星群だよ」「今シリウスが見えるよ」などと教えてくれるので、私は嫌がることなくついていったものである(ちなみに私の実家で冬の星シリウスを見るのは難しい。川の堤防下の住宅街に家があったので地平が遮られていたし、冬は毎日雪雲に空が覆われる。しかし秋口の真夜中まで起きているのは子供には難しかった)。
 とはいえ庭の目の前に明るい街灯があるので、そこまで見えやすいというわけではない。手で街灯の光を遮ったり、庭に寝転んで庭木で光を遮ったりしつつ、私はどうにか星空を見上げていた。私の視力はすこぶる悪い。裸眼で生活はできず、眼鏡をかけても北斗七星の六番目の星は一つにしか見えない。そして星座にさほど詳しくもなく、冬の大三角と夏の大三角がわかる程度だ。
 私は天の川というものを見たことがなかった。
 天の川はあるよ、と母は言う。関東の生まれである母は、幾度もあの白いもやもやとした空の模様を見たという。指差して教えてもらったこともあったが、視力の悪い私には街灯の光も相まって白鳥座しか見えなかった。写真で見てもどうにも綺麗とは思えない、白い汚れのような空。それらしいものを初めて見たのは最近のことで、共に暮らしている夫が温泉などによく連れ出してくれるのだが、その時に癖で見上げた夜空が山奥の静かな田舎であったりして、それらしいモヤを見ることができたのだった。とはいえやはりプロの写真家の作品には遠く及ばない。どれだけ街灯を消したところで、私のこの視力では絵に描いたような感動は得られまい。
 だのになぜか私は夜空をよく見上げる。そして、時折家族で見上げた実家の庭の寂しい星空を思い出すのだ。


解説

2022年07月07日作成

 七夕だからこのお題なのかな! ってすぐにわかったけど、案の定私には天の川に関する思い出がないのだった。…っていう実話というか私の話です。七夕に関連した童話は書いたことあるけど同じじゃあなあと思って、文披は書ける作風全部出したいしということでエッセイになりました。
 幼い私にとって両親は良い意味で完璧な「親」だったわけですが、その「親」が時折「人」になる瞬間があって、私はそれが意外に思えたものです。大人になった今では両親のことはただの年上の人間なんだと理解しています。その上で幼い日々にかけた苦労を今更申し訳なく思ったり…でも、当時の私に「申し訳ない」と思わせなかった点においてやっぱり私の両親は最高に完璧な「親」でしたね。それが嫌だった時もあるけど、すごいことだと思います。


***


Day8. 【さらさら】



頬過ぎて 花り山ゆ 夏の風
いつかこの手に 触れるべきかな


 その家には幽霊がいるというので、僕達の間では今時期になると「山越のボロ屋」という名称は祭並みに心地良い単語だった。夜、こっそりその家へ立ち入り、肝試しをするのである。無論許されることではないのだが、大人に怒られないよう隠れ隠れ行うのも楽しみの一つなのだった。
 山越さんちには普段、人はいない。けれど時折人の姿を見かけることがある。かなり年老いたおばあさんだ。どうやらそのおばあさんは普段山の麓の親戚の家に世話になっていて、時々自分の家に戻ってきているらしい。とはいえその頻度は高くない。しかし定期的でもない。だから、大人達のみならずおばあさんにも見つからないよう肝試しを行うのが、僕達の密かな夏の楽しみだったのだ。
 そして、僕はおばあさんに会ってしまった。
「……あ」
 庭先から家の中へと入れそうな縁側があったから、少し興味が出て中を覗いてみたのだった。するとちょうどおばあさんが縁側へと出てくるところだった。夜だというのにこの人は寝ないのだろうか――そんなことをのんびりと考えたほどには、あまり驚きはしなかった。
 おばあさんはにっこり笑って口元に人差し指を置いた。その手には菊の形をした砂糖菓子が乗った盆があった。僕は口を引き結んで頷いた。共に肝試しに来ていた友達にはバレてはいけない気がした。
 おばあさんは縁側へ座り、菓子を僕へと差し出してきた。僕は首を横に振った。おばあさんはさらににっこりと笑って盆の上へ菓子を戻した。
「会いに来てくれるはずなんだよ」
 見た目に合う、しわがれた声だった。
「道に迷っているのかねえ。待ち続けて何年になることやら。この家ももうもたないし、いっそ私が会いに行こうかね」
 僕は頷いた。その方が良いと思うと頷いた。
 おばあさんは寂しそうに目を細めて、それから「ありがとう」とまたにっこり笑った。

***

 次の日、僕は山の麓の町へ行った。
「いらっしゃい」
 おじさん達は嬉しそうに出迎えてくれた。そして、菊の砂糖菓子と白菊を持った僕に驚いてから、「枯れないうちに行こうかね」と線香を持ってきてくれた。
 家の裏に小さな寺があり、その一角に僕の先祖の墓があった。山越家之墓、と刻まれた墓石に線香を立て、銀色の花立てに白菊を入れる。
「ユリさんには会ったことないはずなのにねえ」
 両手を合わせる僕の後ろで、母は毎年不思議そうに首を傾げるのだった。
「あの子にとっては曽祖母の姉なわけだし。……あの家もそろそろ立て壊さなきゃね」
 山越ユリさんは大戦で新婚の夫を失った後、ずっと一人で山奥の家に住んでいたらしい。親戚の家の仏壇には若い軍人さんと老いたユリさんの写真が並んで置かれていて、その間には古びた葉書と小さな色紙が置かれている。


頬過ぎて 花揺り山越ゆ 夏の風
いつかこの手に 触れるべきかな


花置いて 海を越えゆく 夏風に
乾くことなし 縫いたての服



解説

2022年07月08日作成

 和歌を詠みたかったんだ(激白)
 さらさらと吹く風から「頬過ぎて」の句を作り、旦那さんが会いに来る話にするはずがおばあさんが会いに行く話になり、返歌まで考えたという。初詠みなのに、難易度が…高い…ッ! ちなみに語り部の少年はユリさんへ一切口を開かずユリさんが差し出したお菓子を食べていません。彼女が死者であり彼女に連れていかれない方法をわかっているんですね。
 ちなみに歌の解釈はこんな感じ。

「頬を過ぎて、花を揺らし山を越えていく夏の風よ。この風のようにいつかこの手で(あなたに)触れよう」
 揺り=ユリさん、で「いつかこの手に触れるべき」はユリさんであるという表現。ここの「べき」は意思。

「花(の名である私)を置いて海を越えていった(あなたのような)夏風では、乾くことがありません。(あなたのために)縫っていた服は」

 旦那さんの帰還を待ちながら彼のための服を縫っていたんだろうなっていう。でもそれを着てくれる人はいなくなった。涙に濡れ切ったその服は夏風で乾くことはずっとありません。

 個人的にはとてもよくできたと思っていますが、何せ超初心者なので…どんなもんだろうね…今後もチャレンジしていきたいです。


***


Day9. 【団扇】



「暑いですねえ」
 と猫がうだるので、
「そうですねえ」
 と返した。
 猫はごろんと畳の上で寝返りを打つ。冬の間は黒猫だったくせに、今はまだらの三毛猫だ。長いしっぽでたしんたしんたしんと暇そうに畳を叩くその姿は紛れもなく怠惰である。
「いや、暑すぎない? 何これ。屋根の上然り、塀の上も歩けたもんじゃないですよ。焼けます。丸焼きになります。猫の丸焼き、いかがですか」
りません」
「つれませんねえ」
 ごてん、と猫が再び寝返りを打つ。寝返りを打とうと手足を一瞬ばたつかせるのが、まるで夢の中で犬かきをしている時のようで面白い。ぱたぱたと手元にあったうちわで仰いでやれば、「ぐふ」と満足げな声を上げて四肢を四方に放り出し腹を見せてくる。
「あーそれそれ、良いですね。……もうちょい上、いや右……あーそこですそこです。あー」
 鼻先の毛が風に吹かれて逆立つ。気持ち良さげに目を閉じ耳とひげをひこひこと動かす猫の表情は、招き猫そっくりの満面の笑みである。
「良いですねえ、夏」
「そうですかね」
「良いものです。どれだけ暑くなろうと、夏の人間はわたしを猫可愛がりしてくれます」
「さいですか」
 じわりと額に汗が浮き出るようになったので、猫へと扇いでいたうちわを自分へと向けた。途端、猫が「あっ」と物欲しげにこちらを見上げてくる。その後、不貞腐れたようにうつ伏せになって、すっくと立ち上がった。後ろ足を畳んで座り、前足二本で自分の顔を撫でる。
「しっかし暑いですねえ。水浴びてきます」
「猫なのに?」
「猫でも、ですよ」
 言い、猫は縁側へと向かって歩き出した。波打つようにしっぽが揺れる。まるでグラフだな、なんて思う。サインとコサイン。螺旋のように交差しては離れ、交差する動き。
 二本のしっぽをくねりくねりと交互に動かしながら、猫は外へと出ていった。
「……あっつ」
 そしてすぐに戻ってきた。


解説

2022年07月09日作成

 最初の一文で全て決まったようなものでした。猫を化け猫にするのは普通すぎるかなと思いつつ、わかりやすさ重視で猫又にしました。本当はでろでろした複数足の何かにするつもりだったんですが。
 妖怪という夏の定番かつ恐怖の対象を、全体的にゆるく書くことでバランスを取っています。語り部が敬語なのも猫又の異質さと馴染み具合の双方を増すためのものですね。猫の描写はとても鮮明にかけたという自負。猫を書くことはけっこう多いです。犬は…書いたことないなたぶん…


***


Day10. 【くらげ】



 この街はクラゲに支配されている。見上げれば空にクラゲが飛んでおり、見下ろしてもクラゲが足元を泳いでおり、壁にはクラゲが描かれ看板にはクラゲがデザインされている。底の浅いお椀を伏せたような頭に、何本も生えた紐のような手足。そいつらに人間は争うことができない。
 何せ彼らは行動が早い。泣き叫ぶ子供の元に行って大量の手足でウサギやアンパンマンを模ってくれるし、居眠り運転の車に忍び入って運転手の首元に冷えた頭をつけてくるし、寝坊した会社員にはゆったりと空を行く遅刻確定タクシーとして自らの頭の上に乗せてくれる。テレビCMにクラゲは欠かせない。澄んだ体が映える暑い日はもちろん、冬だってその滑らかな手触りを思わせる頭が師走の癒しとして人気なのだ。
 この街はクラゲに支配されている。クラゲなしには快適に生きていけようもない。


解説

2022年07月10日作成

 くらげを飛ばしてみたかった。金魚の時と同じですね。あの上に人が乗れたら良いな…あちこちにくらげがいてビル街の空中埋め尽くしてて…という想像から、冒頭の一文です。シリアス展開を予感させる一文の後、それを助長する状況説明、そして段落変えてシリアスとは正反対の事実の列挙、という読み手の感情を意図的に左右させる文章構成にしてあります。最後の締めを冒頭と同じにすることで、同じ一文が違う印象になるという体験を提供。短編ものだとよくある手法ですね。アンパンマンという名称を出すかはちょっと悩んだんですが、ここで固有名詞を出すことでリアリティが増してくらげの存在の異様さが際立つので、あえて名前出してます。周囲の文面に比べてちょっと浮いてるけどね…蛇足だったかな…
 なお、お題は「くらげ」とひらがなだったんですが、視認性を高めるために作中では「クラゲ」とカタカナにしています。


***


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei