短編集
8. 文披31題 31編 (2/4)


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Day11. 【緑陰】



 日差しの良い日には鳥がさえずる。軽やかなその声は森の中へと響いて、今が晴れだと教えてくれる。外へおいで、おひさまの光が心地良いよ、と。
 その声を聞きながら目を閉じる。葉こそ生き生きとした緑だというのに花の一つも咲かせないことで有名な木の根元、背を寄せ頭を預けたその木の幹は硬く、枕には適していない。それでも懲りずに昼寝を決め込めば、上空を覆う枝葉が笑うようにさわりと揺れた。木漏れ日が時折瞼を焼き、けれどすぐに木陰が瞼を冷やす。痛みはなく、寂しさもない。愛されているのだと知る。このまま時間を過ごしていたいと思う。日が沈まず木の葉も落ちない永遠がここにあれば良いと思う。
「あるよ」
 声が言う。
「ここにあるよ。永遠が、今から。――おかえり」
 ただいま、と呟く。乾燥した唇はもう動かない。しわがれた声も出ない。瞼は開かず、老いた体はもはや身じろぎもできない。
 永遠が始まったからだ。
 遠いあの日に始まった君の「永遠」に、ようやく寄り添える日が来たのだ。


 この森には一つの大木がある。
 寿命により木と化した半人半霊とそれに恋した人間が幾十年の時を経てようやく共に眠ったという物語のある、恋する乙女のような薄桃色の花を毎日咲かせる大木である。


解説

2022年07月11日作成

 緑陰、というのは青々と茂った木の陰、木陰のことらしいです。鮮やかな緑の中の木漏れ日と、木の根元で眠る男性が想像できたので、そこから。精霊とのお話はけっこうあったりする拙宅。婚姻譚まではいかないんだけど、唯一無二の関係性を築く系は多い。そしてどれも死に際は散る。精霊のさいごは、物質的には何も残さないけれど感情的に何かを残していく…というイメージがあるんでしょうか。


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Day12. 【すいか】



 雨が苦手でした。自分は元より雨の少ない地域に住んでおりまして、雨のあの、空気が重くなり自分にまとわりついてくる感覚、肌がべしゃべしゃに濡れ溺れるかのような錯覚、柔らかな地面を穿つ水音、それらがいっとう居心地悪く思えてならないのです。
「なら、雨上がりの空を見てご覧よ」
 と自分に言ってきたのはどなただったか。なるほどあの青い空が再び現れた歓喜により雨中での憂鬱をすぐさま忘れてしまおうよということでしょう。自分は仕方なしにある日、雨上がりの空を見上げたのでした。
 空にあったのは青のみではありませんでした。
 赤、緑、黄――滑らかに遷移するこの世の全ての色が、一筋の弧を描いていたのです。
「虹と呼ぶのだよ」
 雨が降るたびに根腐れの如く気分を落ち込ませる自分へ、話しかけてくれた物好きな方の声でした。
「雨上がりの、水っ気が空中に残った状態で太陽光が当たると見えるようになるのさ。実のところ何度か姿を現してはいるのだけれど、君は雨が嫌いなのだね、一度としてぼくを見上げてはくれない。つい声をかけてしまった。ぼくにはない黒色を直線でも曲線でもなく芸術的に身へ描く君に、ぼくを見て欲しかったものだから」
 じゃあ、また次の雨上がりの日に。
 そう言うや否や虹はすうっと消えていきました。自分はその後しばらく呆けたまま空を見上げて、そして自分の中が赤く染まっていくのを感じていました。
 自分が甘い果実になる日も近いでしょう。


解説

2022年07月13日作成

 ほぼ少女漫画。きっと虹はきらきらおめめサラサラヘアーのイケメンなんや…
 すいかって熱い地域の植物だから、梅雨とかの雨が苦手らしいです。あんなに水分抱えてるのに雨に打たれるのは好きじゃないのか…でもそういう地域の植物だから水分多く抱えるようになったんだよな…と一人納得しておりました。最後の一、二文が可愛すぎて自分でびっくりしてる。すいかの赤は恋の色…あ、甘い…!


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Day13. 【切手】



 紙、というのは不思議なもので、用が済めばぐしゃりと丸めて屑籠に入れられてしまうのだが、時に用もなく捨てられてしまうこともあり、そのくせ人類の文化を支えてきた物資として重宝され、環境破壊の発端にもなるというおおよそ価値のわかりにくい大量生産物である。それの四方二、三センチのみの紙片なぞ無価値も無価値、メモするにも使えずふとした瞬間に見失ってしまうほどの大きさだというのに、彼女はそのしわがれた指先で大層丁寧に台紙から切り取るのだった。
「これがあるから思いが届くのよ」
 昼下がり、夏の穏やかな日差しが差し込む庭園でティータイムを楽しみつつ、その紙片を封筒の端に貼って彼女は笑う。
「それがなくとも手渡しできましょうに」
「嫌よ、郵便として出すから良いの」
「相変わらず照れ屋ですな」
「何とでもお言いなさい」
 ハイビスカスという異国の花を描いた切手が貼られたその封筒は厚い。それを彼女は大切に胸に抱えて散歩に行き、通りすがりの郵便配達員へ手渡す。
 私はその郵便配達員が苦笑しながら私の元へ訪れその封筒を渡してくるのを、待っている。


解説

2022年07月13日作成

 切手というからにはお手紙を出さねば、と。思いついた風景が西洋風のお庭でティータイムを楽しむ老女と執事だったんですが、夏要素なくてあとからねじ込んだ記憶。あと執事じゃなくて手紙の送り相手にしてあげれば可愛いなって思ってこうなりました。


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Day14. 【幽暗】



 長き日の終わりに月上りて、夕闇、澄みたる青のおもむろに光失わるる様を、らとすがめに見遣りつつ、「かくなる暗き夜の訪れは、雨音迫り来る川辺の如し」と面を伏せつ。御方「光失せにし空の末、げに花の散りゆくかな」とのたまうを、面上げ、見上ぐるに、かえって空の片端の朱に染まりくる様あり。「花よ」とのたまいしそのまなこの夕暮れの空を映したるを、浮き立ちて、目離し、「まこと花なり」とのみ言いけり。


――或る女房の日記より


解説

2022年07月14日作成

 幽暗は「くらく、かすかなこと」。読んで字の如くとはこのことか。とはいえ古文めいている単語なので、いっそ古文にしてみました。めちゃむずかった。音のリズムは徒然草冒頭や竹取物語冒頭を参考にしています。
 以下現代語訳。

 長い日の終わりに月が昇り、夕方の闇が広がって澄んだ青の空からゆっくりと光が失われていく様子を、私は薄っすらと目をすがめて目遣りながら「このような暗い夜の訪れは、雨音が迫り来る川辺にいる時のように不安になります」と言い、顔を伏せる。すると御方は「光が失われた空の末端はまるで花が散るようであるなあ」とおっしゃるので、私は顔を上げて、空を見上げたところ、先程見ていたのと逆側の空の端が赤く染まっていく様子があった。「花よ」とおっしゃる御方の目が、夕暮れの空を映しているのを見て、私は落ち着かなくなって、目を離して、「本当に花のようですね」とだけ言った。


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Day15. 【なみなみ】



 このところ雨が降ったり止んだりしている。降っている時は騒音並みに雨音がうるさいし、止んだ時は猛暑という言葉では足りないほどに蒸し暑くなる。
 朝方までの雨が止んだので、その日、幼い僕は外へ遊びに行くことにした。ランニングシャツ一枚に、短パン、素足にサンダル。田舎っ子同然の格好は憧れでもあった。祖父母の家に遊びに来た時だけだ。東京じゃ友達や知らない人に見られたら笑われてしまうから。
 残念ながら虫取り網は物置の中でぼろぼろになっていた。僕は手ぶらで、家の周りを見て歩くことにした。森の中にある祖父母の家の周りはどれだけ歩いても飽きることがない。虫や鳥や動物や、放置され続けた土嚢やスコップなんかがたくさんある。
 その日見たのはバケツだった。端のかけた、子供用のバケツ。軽トラック一台が入れるような砂利道に、それはぽつんとあった。田んぼと田んぼの間の道は昼間はほとんど人が通らない。けれど、雑草で轍がはっきりと浮かび上がっているこの道はそれなりに車が通る。どかさなきゃ、と思った。これを車が踏んだら大変だ。
 バケツへと駆け寄った。はっきりとした黄色の取手のある青色のバケツは道の真ん中に立っていた。風で飛ばされてきたというより、誰かが置き忘れていったみたいだった。
 そばにしゃがみ込んで、僕はバケツの中を見た。
 少しでも傾ければ水がこぼれてしまうだろうほどに、たっぷりと雨水が入っていた。底の方に砂が少しだけ沈んでいる。澄んだ水はうっすらと晴れた空を映していた。もう少し首を伸ばしてみれば、僕の顔もうっすらとバケツの中に映り込んだ。
 ふ、と。
 バケツの中の僕の顔がはっきりと見えるようになった。バケツ全体に影が差して、色がはっきり見えるようになったのだと気付いた。バケツの中に、口を半開きにしてバケツを覗き込む子供がいる。真上の空にある太陽がその子の頭にちょこんと乗っかっている。
 おかしい、と思った。今、バケツ全体に影が差しているのに、バケツの中の水面に太陽が映っている。
 どうしてだろう、と僕は首を回して後ろを振り返った。
 ――バシャン!
 振り返ろうとした瞬間、バケツが倒れてしまった。腕がぶつかってしまったのだろうか。「あっ」と声を上げてバケツへと顔を戻す。
 コロン、とバケツは水をぶちまけて転がっていた。僕が映っていた水面は、薄く伸びた生き物のように砂利道の坂を下りていく。
 僕は慌ててバケツに駆け寄り、それを起こした。空になってしまったバケツの中が目に入った。
 ――水が、溜まっていた。
 今しがた雨が降ったかのように、バケツに水がたっぷりと溜まっていた。周囲は僕がこぼした水で濡れている。尖った葉の雑草が雨上がりのように艶やかに光っている。そして、まるで誰かが覗き込んでいるかのように、バケツの中は既に暗くなっていた。
 バケツから手を離して僕は走り出した。走って、坂を下りて、上って、下りて、そうして祖父母の家が木々の中から見えてきた頃、ようやく僕は立ち止まって後ろを振り返った。
 僕の後ろには誰もいなかった。


解説

2022年07月15日作成

 再度ホラー挑戦。「なみなみ」と聞いてあふれそうなくらい水があふれる様しか思いつかなかったんだけど、そこに映るはずのないものが映ったら…と。親しい相手のコップに飲み物をなみなみ注ぐとかもありだったけど、なんかベタすぎるなあと…それにしてもあまりホラーっぽくならなかったね。
 ちなみに物語の背景は大学時代にフィールドワークで行った山の中を参考にしています。たんぼしかなくて、たんぼとたんぼの間に森を通るような、砂利を敷いた軽トラ一台分の轍道しかないようなところ。あれも夏だった。暑かったなあ。


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Day16. 【錆び】



 長寿の血筋を存分に生かしたくて、私はあらゆる場所へと旅して回った。別に旅が好きだったわけではない。ただのんびりと日を過ごすのは飽きてしまうし、他の生き物より随分と長い間生きなければいけないという事実が一箇所に留まれば留まるほどいや増すというのもあって、逃げるように拠点を移していたのだ。おかげで他の生き物よりも知識と経験が多くなった。頼られることは多く、悪い気はしなかった。長生きは良いものだとは口が裂けても言えないが、長生きを十分に利用してやっているという自負はある。
 そんな私が訪れたのはとある崖の上だった。海に面したそこは、断崖絶壁という単語そのものであるかのように凄まじい地形を保っていた。その崖の上に竜がいるというのだ。竜というのはかなり大きい。人二人三人を軽々と背に乗せて運べる。どんなに木々が茂ろうと、その巨体を隠せるわけもない。が、遠目から見たところそれらしい影はなかった。さては嘘か、もしくは迷信か。今までも人の話に惑わされてあるはずのないものを探したことがある。今回もそうなのだろう。
 とりあえず、と崖の上まで辿り着いた私は、愕然とそれに見入った。
 竜。
 鰐(わに)のような顔、長い首、太った胴体、短い手足、そして蝙蝠に似た巨大な両翼。眠りについた鶏のように、それは崖の上で丸くなっていた。
 遠目から見てもわからなかったはずだ。土色のそれは、崖の断面と同じ色味をしていた。質感も同じだ、土めいている。これを正しく評価するなら「竜の形をした土」だ。けれど確かに竜だった。私の足音を聞いて、微かにを開けたからだ。
「……驚いたな」
 私は思ったままに呟いた。
「ここで死ぬつもりかい」
 竜は答えなかった。口が開かないのだろう、僅かばかりに動いた瞼もカラカラと土色の欠片をこぼしている。竜は錆びていた。
「鉄竜の最期の話は聞いていたものの……こんな人里近くでなんて。死体がどう扱われるかわかったもんじゃない。心臓をくり抜かれるぞ」
 竜はただ、目を閉じた。それしかできないからだとわかってはいても、私には竜が笑ったように見えてならなかった。
 私は物知りになったというのに、竜が笑った理由がさっぱりわからなかった。
 私は竜の隣に腰掛けた。崖から見下ろす海は広かったが、私が見てきた海よりもくすんでいた。臭いもどちらかというと不快だ。それを言えば、竜はやはり瞼を瞬かせて笑う。
 笑みのない笑いに、私は我慢ならなかった。
 数日、数ヶ月、私は竜の隣で竜と同じものを見た。竜のそばには時折村の子供が来て、竜に気付かず遊んでいった。私より若い年寄りがここまで来て、近くに生える花を摘んでいったこともある。この崖に生える草は良い食材になるらしい。
 四季が巡った。
 私はついぞ、竜が笑った理由がわからずにいた。
「私は行くよ」
 隣の竜に話しかけるも、彼はもう目を開けなかった。
「結局何もわからなかった。初めてだ、こんなに長く一箇所に留まったのに。もう少しいればわかるかと何年もここにいたけれど、もう意味がなさそうだ。諦めたわけじゃない、経験則さ。――ああ、でも」
 答えは返ってこない。それでも私は、崖の上から見下ろす海に呟く。
「君のような最期を迎えてみたいものだね」
 私は立ち上がって歩き出した。振り返ることはない。竜は既に、竜の形を失っていた。
 かつて竜がいたというその崖は、食材に適した草花の育つ土壌として村人に親しまれている。


解説

2022年07月16日作成

 そろそろファンタジーが書きたかった。あと、ちょうどフォロワーさんが素敵な創作世界のお話をしているのを見て竜ってのが頭に残ってたからってのがでかい。私のドラゴンはデルトラクエストだったので竜は敵っぽい印象。その後ドラゴンライダーシリーズを数巻読んだんだったか(途中で話がわかんなくなって読むのやめた)。あとあれ、魔法使いの嫁のドラゴンが死ぬ話もちょっと影響してる。死が悲しいものではないというのは良いね。
 お題が「錆」ではなく「錆び」という動詞だったので、現在進行形の「錆び」を書きました。頭の回転が早い万能キャラが好きなのでよく書いてしまう。


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Day17. 【その名前】



 その井戸は屋敷の片隅にありました。木枠で蓋をされたそれはいわゆる枯れ井戸と呼ばれるもので、釣瓶の桶を下ろしても水音が聞こえてくることはありませんし、覗き込んだとしても見えるのは底知れない暗闇だけにございます。普段は見向きもされないのですが、夏の夜になると肝試しという名目でこの井戸を求める方が多くございました。曰く、井戸の中に女がいるだとか、中を見たら数多の手に引き摺り込まれるだとか、あるはずのない水を飲んだり浴びたりするとあの世へ連れて行かれるだとか。それらしい怪談が人々によって語られているのでありますが、真実はというと、いずれも作り話にすぎません。わたくしが言うのですから本当です。
 さて、ある日のこと、わたくしが井戸の近くを通りましたところ、何やら声が聞こえて参ります。おうい、おうい、というその声は誰かを呼んでいるようでございました。はて、その声に聞き覚えがあるような。わたくしは首を傾げ傾げ声を辿り、そうして井戸の蓋が外されていることに気が付きました。
「おうい」
 よく聞けばその声は隣の家のお坊ちゃんのものです。肝試しが大層お好きで、この枯れ井戸のことも大層お気に召しておりました。井戸の中に落ちてしまわれたのでしょうか。何ということでしょう。
「お坊ちゃん」
 わたくしは井戸の縁へ手をかけて中を覗き込み叫びました。
「おうい」
 声が再び聞こえてきます。
「お坊ちゃん、お坊ちゃん。今お助けいたします」
「おうい、おうい、助けてくれ、助けてくれ」
「ええ、ええ、今すぐ。釣瓶を落としますから、それに掴まってください」
「助けてくれ、助けてくれ。寂しい、寂しい」
 釣瓶を落としカラカラと縄を下ろしながら、わたくしはお坊っちゃんへと叫ぶのです。
「もう少しでお助けできますから」
「寂しい、寂しい。名前を、名前を呼んでくれ、おれの名前を」
 お坊ちゃんはさめざめと泣いておりました。
「忘れてしもうた。教えておくれ、おれの名前を」
 なんと痛ましい。さぞかし長い間、井戸の中にいたのでしょう。縄の先から引っ張ってくる手応えを感じつつ、わたくしは縄を引っ張ろうとすると共にお坊ちゃんのお名前を叫ぼうとしました。
「奥方殿、ちょうど良いところに」
 わたくしはそちらへと顔を上げて、呆然といたしました。
 門からこちらへ、お坊ちゃんが駆け寄ってくるではありませんか。
「今度従姉妹が遊びに来るんじゃ、この井戸を見せたくてのう。……おお、蓋が開いておる。ちょいと中を見せてもらえるじゃろうか」
 わたくしは手にしていた縄を手放しました。カランカランと車輪が回り、縄の全てが井戸の底へと吸い込まれていきました。
 あの日以降、わたくしは井戸の中を覗き込んでおりません。


解説

2022年07月17日作成

 お題が難題。名前を呼んで(つけて)もらう幸福か、名前を呼んでしまう恐怖か…という二択だったので後者にしました。ホラーに挑戦したかったってのがある。前者は書くのそんなに苦労しない、たぶん。
 「さらさら」でも書いたけど、私独自の決まり事みたいなのがあって、その一つが「呼びかけ」です。呼びかけたら対象は「それ」になる、呼びかけに答えたら「それ」に接触される。ホラーであれ日常であれ、そういう決まりがあります。返事に嘘は存在しない。「Aさん」って呼び掛けてBさんが「はい」って答えたら、Bさんはその話の中では「Aさん」として一貫しなきゃいけない。「実はあの時返事をしたのはBさんなんです」はタブー。「俺さっきあんたの名前呼んだけど、俺とあんたの関係性は今も今後も何もない」もタブー。そこは視認性の問題もありますね。読者を混乱させて良いポイントとさせてはいけないポイントとがあると思っています。
 今回の話では、井戸の中の何かへお坊ちゃんの名前を与えていたら、井戸の中の何かが今後「お坊ちゃん」として振る舞い、本物の「お坊ちゃん」は無視されるか消失するか別物になるか、という展開でした。メタ的な理由も込められたホラーですね。


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei