短編集
16. 僕が死んだ日 (1/1)
君に「好き」だと、そう言えたのなら今頃君は僕の隣で笑っていたのかもしれない。隣でなくとも、この世界のどこかで誰かと笑顔を向け合っていて、それを結婚式場で見せつけられたかもしれない。それはそれで僕としてはかなり悲しいことだけれど、でも今のこの悲しみに比べたらきっと大したことのないもので、あの時僕が恐れるべきは失恋なんていう笑い話にもできる失敗体験ではなかったのだろうと思う。
あの日。
卒業式が間近に迫ったあの日、僕達在校生は毎日のように卒業式の練習をしていた。ひと学年上の君は大学の合格発表を控えていて、自学のために学校に通いながらいつもそわそわしていたっけ。ポニーテールに纏められた髪を、その毛先を、よく覚えている。ずっと見つめていたから。ずっと、ただひたすらに君を想っていたのだ。小学生の頃からずっと、お隣さんで幼馴染みだからと一緒に登校してきた、その間ずっと。
君が高校生になって小中学校のある地域より離れた学校へ通うようになった時、一人の登校はこれほど寂しいのだと初めて知った。中学三年生の時だった。それが気付きだった。この寂しさはひとりぼっちの寂しさではないと――その時、初めて気が付いた。
また、あの寂しい日々が戻ってくる。今度は一年間ではない。ほぼ永遠に、だ。君の選んだ大学は県外で、君にとって僕はただの幼馴染みで、異性だというのに思春期の只中でも一緒に登校していたのが不思議なくらいの親しさだった。きっと君は入学先で僕のいない登校をし、僕ではない誰かの隣に居心地の良さを感じ、僕のことを遠い過去の一欠片にしてしまうのだろう。僕はまだ生きているのに、君を想っているのに、君の中で僕は遺影となるのだ。
死人、モノクロの映像、成長の止まった僕、たまに再生される決まりきった展開の思い出。
嫌だった。けれど、卒業式が迫る日々を繰り返しながらも、何もできなかった。君以外の誰かを好きになったこともなければ、興味を持ったこともない。君だけを想っていたからそんな経験をしてこなかった。
だから、意気地なしの僕は君へどう言い出せば良いのかわからなかった。
そして卒業式の日、君は僕の目の前からいなくなった。ぱたりと、何を言うでもなく、高校生という僕との唯一の共通点を置き去りにして違う場所へと行ってしまった。あのポニーテールの毛先はもう見れない。どんどんと広がる身長差が結局どうなったかもわからない。僕が知っているのは過去の欠片だけだ。高校生の君というモノクロの遺影だけだ。
遺影の中で君はいつも笑っている。少し照れくさそうに、少し幼さのある様子で笑っている。僕が知っている君の笑顔はそれだけだ。化粧をしたらどうなるのかとか、大人っぽく微笑むとしたらどうなるのかとか、そういったことは何一つ知らない。どんな私服を好むのかも、どんな髪型や髪色が似合うのかも知らない。ああなっていたんだろうか、こうなっていたかもしれない。そんなことを自分勝手に想像して、その正解を確かめるすべがないことに思い至るたび、君が本当に死んでしまったように思えて悲しかった。――死んでしまったも同然だ。もう会えないのだから。さすがに君と同じ大学に入学できるほど、僕は優れてない。こんなの死に別れと同じだ。
君は死んでしまった。高校の卒業式を最後に君は、君を一方的に慕う僕の恋心は、死んでしまった。もう二度とあたたかくなることはないし、わくわくすることもない。ああしよう、こうしようと実際行動には移さない妄想をしては自分の変質さに恥ずかしくなることもない。
僕の中で君の遺影はずっと微笑んでいる。僕の恋心もずっと微笑んでいる。失恋で泣くこともない、妄想をすることもない、死んだ僕の恋心が卒業式の日付を片隅に添えて微笑み続けている。
息を吹き返すことのない過去の欠片を、僕はたまに取り出しては眺める。登校する時、勉強に疲れた時、教師の話に飽きた時、帰宅する時、そして寝る前にそれを取り出してそっとモノクロの映像を再生する。小学生の時の登校から始まり高校の卒業式を最後にピタリと止まる録画を繰り返し、繰り返し。
布団に入って電気を消して目を閉じて、そうして今日も僕は君を思い出す。君を想う僕を思い出す。そうしていれば夢の中で今の君に出会える気がして、けれどその企みは一度として達成されていない。それでも僕は何度も同じ夜を繰り返す。今日も、明日という「今日」も、明後日という「今日」も、一年後という「今日」も、同じ夜を繰り返す。
今日という「今日」が何度目の「今日」かわからない。どうでも良い、今日が本当は来年だとしても再来年だとしても、僕の毎日は卒業式の日からずっと同一の「今日」で、君と君への恋心を想う夜は変わらず来るのだから。
解説
2021年03月16日作成
僕が死んだ日
明日が来ないまま、僕は「今日」を繰り返す。
ツイッター診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語3」から【あけるさんには「君に好きだと言えたら」で始まり、「ただひたすら想っていた」がどこかに入って、「今日も夜は来る」で終わる物語を書いて欲しいです。】というお題で。
「明日が来ない」「今日を繰り返す」というフレーズそのものは珍しくないけど、それを例えや誇張で終わらせずに、具体的な内容を的確に表現できた気がする。最後の日までの出来事を延々と繰り返し思い出して、それを毎日繰り返す、そういう時間の過ごし方。
最初のイメージでは「君」に告白することもできないまま「君」が死んじゃって、だから記憶の中の「君」を思い出すことしかできないでいるっていう感じのお話になる予定だったんですけど、結局「君」の消息は不明ということになりました。連絡も取ってないわけだからね、ますます「僕」の時間が止まっている感じが出ている気がします。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei