短編集
27. 剪定 (1/1)
本日はこのような場所にお招きいただきまして誠にありがとうございます。ワタクシ、このような広い会場は初めてでですね、エエ、少々緊張で喉が締まりそうでございます、ゴホンゴホン。エエ、サテ、皆様は花をご存知ですかな? エエ、花にございます。ご存知? ご存知ですね? エエそうでございましょう、花というのは遥か昔、それこそ人が人ではない頃よりも昔からこの地球に存在しているものであります。ちなみに先程皆様にお配りしたコレ、コレでございますが、皆様お持ちですかな? もう食べた? お気が早い。イエイエ一向に構いません。是非お召し上がりを。これはですね、ワタクシから皆様への贈り物にございます、エエ。花の羊羹。オヤご存知でしたか。そうですこちらがワタクシの開発した「花を体内に取り入む食材」でありまして。アア、拍手をどうもどうも。美味しい? それは良うございました。毎日食べている? コリャ結構、続けてくだされ。
花というのは目や鼻で愛でるものではありますが、こうして体内に取り込めば花の華やかさ、イエ駄洒落ではございませんぞ、花の華やかさを取り入れることができるのでございます。体臭はもちろん、気性も穏やかになりますからネ、特に我々のような頭の硬い老人にはうってつけなわけでございます。ハハ、素知らぬ顔をしておいでですがこの会場にお集まりの皆様とワタクシ、大して歳は変わりませぬぞ? ハハ、ゴホンゴホン。
ゴホンゴホン、では皆様、本題に入りましょう。皆様、早速ではございますが、花が食らうものは何だとお思いですかな?
エエ、花が食べるものでございます。水? イエイエ。デンプン? それはまたチョイと違う。花には口がない? ホッホウ、これはまた奇妙なことを言いなさる。口がなければ食することなどできはせぬと誰が定めましたかな? イヤマア、口という言葉を「食物を体内に取り入れる際に最も初めに使用する器官」と定めるならば、花に口がなければ食することなど不可能ではありますがネ。ですが残念、ワタクシの話の本題は口という単語の定義ではないのです。
皆様は花をご存知だ。であれば、この話はどうですかな? 「花は悪い気を吸ってくれる」。もしくは「切り花に褒め言葉を与えたのなら長く保ち、悪口を与えたのなら早々に萎れる」。ウム、チラリホラリといらっしゃる模様。ゴホンゴホン。花を飾れば気が明るくなるとは言いますが、それは色彩の問題ではないのです。花には人の心に呼応する性質がある。それを利用したのが、この、花の羊羹なのでございます。
皆様、悪口は言いますかな? 言う? 言わない? マア言わないにしろ思うことはおありでしょう。このジジイ話が長いな、とかですね、ハハ、ゴホンゴホン、ウンウン。いやいや喉の調子がおかしいもので。
サテ、家に飾った花は人の悪い気を吸うと申しました。事実、花がそこにあるだけで気が紛れるという方も多いことでしょう。ではですネ、また話を変えますかね。アアそこ、あまり怒鳴りなさるな。ワタクシの話がわかりにくい? 長いしハゲだし次の奴を出せ? ワタクシの次の方はかの有名な科学先生でございますからなあ。オヤオヤ怒鳴りすぎて咳き込み始めましたかね、エエ、ゴホンゴホン。オヤ他に咳き込み始めた方が増えてきた。マア話を続けますがね。
皆様、老害という言葉はご存知ですかな? オヤ一斉に咳が増えましたな、ハハ。イヤア我々には耳の痛い言葉ではありますネ。気分を害した方もいらっしゃることでしょう。エエ、そうです、この世界は既に時が経ち、我々の世界ではなくなっているのです。パソコンが触れるだけでは古い、計算ソフトに数字を入れられるだけでは古い。ワタクシ達は既に規格外、型落ちなのです。サテ皆様、皆様の使えなくなったポケベルはいかがいたしましたかな? 捨てた? エエ、そうでしょうとも。取って置いてある? 捨てるのはもったいない? それはよろしくない。我々はいつ死ぬかわからぬ身なのです、ただでさえ仕事に家事に育児にと忙しい子供達や孫達に処分を押し付けるのは大変よろしくない。何が言いたいのか、と? マア怒りなさるな。もう一つ質問させていただきましょう。皆様は一度でも「昔の方が良かった」と言ったり思ったりしたことがありますかな? スマホやAIやカード支払いを「馬鹿らしい」「必要ない」「今まで通りにさせろ」と言ったりしたことは? 「嫁は格下」「結婚は必ずする幸せなもの」「転職は意気地なし」等は?
オヤオヤオヤ、皆様揃って咳き込み始めましたかな、エエ、一人倒れられた。喉を押さえて? エエ、ゴホンゴホン。こうして真正面から自分達の不必要性を突きつけられましたらネ、誰でも息が詰まる思いをすることと思います。
サテ、ワタクシの花の羊羹の話ですが、これはですネ、人の体内に花を取り入れるものです。そして花は悪い気を吸う。食らうのです。
アア、バタバタと倒れていく。ワタクシの話なぞで悪いものを体内に作ってしまったからですな。我々が老害と揶揄される理由は、我々が今の時代を憂い昔を回顧するからなのでございます。ですがそれは子供達や孫達には邪魔なもの。未来に繋がらないもの。時代は移り変わり変質していくものなのでございます。我々は素直に時代の変遷を見守るべきなのであり、口出しすべきでもなく文句をつけるべきでもなく批判すべきでもない。それをする可能性のある方は、ホレ、こうして体の中の花があなた方の老けて固まった部分を食らうのです。
アア、皆様倒れていく。ワタクシもそろそろ喉が締まってまいりました、エエ、ゴホンゴホン。けれどこれで我々が愛すべき命達の未来を守れるというのなら、このような最期も決して悪くはないでしょう。エエ、ゴホンゴホン、ゴホン。
解説
2021年05月09日作成
剪定
愛する者達に息が詰まる思いをさせてしまうのなら、我々が息を詰まらせるべきでしょう。
珍しくお題なしで書きました。内容はまあ、日ごろの鬱憤突っ込んだ感じになったけど。古書シリーズを書こうとして古い人間の独白になってしまった。
フォロワーさんの作風をちょっと意識しているのはここだけの話。どの作品、とかは言えないというかはっきり言えるわけじゃないんですけど、SFに明るい厭世観を混ぜたような…私にしては珍しい作風かなと思います。私には思いつかないやつだね。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei