短編集
28.月のわかれ (1/1)


 愛したこともないでしょうに、あなた様は「行かれるな」と嘆くのです。
「月の姫、雅の花、嗚呼行かれるな。私を置いて行かれるな」
 いいえ、いいえ、わたくしは行きます。
 わたくしはあなた様を置いて然るべきところへと赴きます。あなた様との日々は終わり。素敵な日々でございました。もう少し騙されたく思いましたが、それももう叶いませぬ。
「頼む、これでは生きてゆく意味がない」
 それは嘘にございましょう。わたくしは朧、陽炎、湖面に映る月の如く。愛ではされれど愛しはされぬ一時の幻。わたくしなぞおらずとも、あなた様は呼吸し、眠り、幾度もの朝を迎えるのでございます。そうしてあなた様は再び夜道を彷徨い歩き、愛する花を探されるのでしょう。あなた様を求めるおなごは秋の夜に鳴く鈴の音の数ほどおりますゆえ。
 ですから、さあ。
「わたくしのことなど諦めなさいませ」
 夜の逢瀬の物語はこれにて終い、あなた様の美しい恋の一編もこれにて終い。わたくし達の出逢いは夢そのものにございました。
「あなた様にお会いできたこと、幸せにございました。――時は来れり。わたくしは参ります。月の都へ参ります。わたくしは月におります。ですから、そばにお仕えできぬわたくしをそれでも恋しく思うてくださるのでしたら、月を、月をお見上げくださいませ。その不死の薬をお飲みになり、あなた様の命続く限り月をお眺め下さいませ」
 わたくしは愛の許されぬ者にございました。あなた様にはお会いできぬ者にございました。愛されぬ者にございました。
 けれど、愛でるのみならば、月を見上げて歌を詠むが如く愛でるのみならば、月の帝も許してくださいましょう。
 そしていつか、遠き地の機織り娘と牛飼いの物語の如く――わたくし達の逢瀬も許されるやもしれませぬ。


解説

2021年05月13日作成

 月のわかれ
 さようなら、いつか逢瀬が許される時を願って。

 ツイッター診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語3」から【けいさんには「愛したこともないくせに」で始まり、「騙されてあげたかった」がどこかに入って、「私たちは許されますか」で終わる物語を書いて欲しいです。】というお題から。
 古書シリーズ。今作は竹取物語から。かぐや姫のお話ですね。たぶんTwitterで見かけたんですけど、「かぐや姫が別れ際に帝に不死の薬を渡したのは、長生きして欲しいというだけではなく、長生きした上で月の都へ行く手段を獲得して自分に会いに来て欲しかったから」という解釈が好きでですね…とはいえ帝よいしょの時代だからかかぐや姫は帝に惹かれている風ですけど、私達にとってはわけわかめですよね。かぐや姫が帝を好いた理由がわからん。まあ時代の違いですよきっと。だからこの解釈も「なるほど…?」って感じでずっと覚えてました。「なるほど!」には一生ならないと思う。
 ちなみに竹取物語は最後に帝が「君のいない世界で長生きしたって意味がない」と薬を富士山の頂上で燃やしてしまう(=このことから不死の山、ふじさんと呼ばれるようになり、薬を燃やす煙が月に向かって延々と立ち昇っているのだとか。今は休火山で煙上がってないけどね)ので、このお話は間違いなく悲恋です。二人は結局二度と会えずじまいなのだ…


前話|[小説一覧に戻る]|次話

Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei