短編集
1. HEARTLESS (4/9)


 結局その日は与えられた部屋で時間を潰した。次の日の午前中も似たような過ごし方をした。洋館の中を歩き回りたかったが、下手をして取材を断られても困る。一週間は大人しくしておいて、その間に親しくなって、詳しい話を聞き出そうと思っていた。
「三日だ」
 昼食の席でカールトンは素っ気なく言い放った。昨日とは違う、けれどやはり暗い色合いのスーツ調の服だった。全体的に色素が薄い彼の顔面が青白く浮かんで見える上、胸元のブローチはやはり深い赤で彼に似合わない。正直なところ不気味だった。
「三日だけ滞在を許可する。昨日で一日、今日で一日、明日で一日だ」
「……ってもう半分終わってるんだけど!」
「時間を有意義に使えないのが悪い」
「昨日は気分が乗らないって早々に退場されたんだけどな!」
「取材対象の機嫌を損ねたからだろう」
「理不尽! 期間延長を希望する! 抗議抗議!」
「食事中にシルバーを振り回すな。今すぐ追い出すぞ」
「すみません黙ります」
 くそ、と呟きながら目の前の皿へフォークを刺す。柔らかなローストビーフはその先端を難なく受け入れて胴体に穴を空けた。
 昼食は二人同じ部屋で摂ることになった。長方形のテーブルの長辺の端と端に座らされていて、しかも間には等間隔に並べられた燭台が火を灯していて、互いの手元が見えない。当然会話もそれなりに声を張り上げなくてはいけなかった。貴族らしくて興奮しないわけではないが、食事とは会話を伴うもの、もう少し効率を考えて欲しい。
 フォークで刺したレタスを口に運びながら、カールトンは若さがありつつも大人びた低音で続けた。
「この後工場へ顔を出す。それへの同行を許可する。せいぜい頑張って仕事をするんだな」
「あざっす。……でも何をしに? 工場なんて全自動でしょ、危機管理すらAI管理っていう話だけど」
「この離島は本土より治安が悪い。知っているだろう。……この島に住んでいるのは僕一人だ。だがそれ以外にもいる。住民と認められていない人間達だ」
「元鉱山関係者ね」
「わかっているならもっと早く理解しろ」
「んな無茶な」
 内村は大口を開けてバゲットを頬張った。
 この離島には昔から鉱山があった。一時閉山したそれを、超高度AI《ありあけ》が復活させた。未開拓鉱脈を算出したのだ。当時の島には鉱山従事者があふれ返り、超高度AIによる資源復活を看板にした観光業により観光客が増え、京都の観光客数を上回ったことさえある。しかし《ありあけ》は鉱脈発見で終わらせなかった。人間が掘れないような地下を掘り進められる機械をも開発し、鉱山開発は全てAIによって行われることとなった。さらに《ありあけ》は効率化のために鉱山の観光目的の使用を禁じるよう提案し、国はそれを認可した。観光客がいるといないとでは安全対策への費用が著しく異なる。
 島はあっという間に栄華を失った。超高度AIによる人間社会の破滅の模範となったのが、この島だった。
 そこへhIE製造工場を立てたのは、人間のhIEに対する不安を抑制するためだけではなく、島のイメージアップのためでもあったのだが。
「自分達から仕事を奪ったAIを憎む人間が退去命令を無視してこの島に残っている。その一部が工場を襲うことがある。本土のhIE排斥派の人間が協力した事例もあるらしい」
「そりゃ大問題だな」
「hIEに壊された島でhIE排斥派に襲われるのではイメージ的にも損しかない。だから定期的に会社の人間が工場の実態をネットワーク上に報告し、同時に排斥派の行動を抑制する。排斥派には機械による報告よりも人間による報告の方が影響を与えやすい。内容が同一でもな」
 椅子から立ち上がったカールトンにアイリスが上着を差し出す。それを奪い取るように手にし、カールトンは丈の長いそれへと腕を差し入れた。その様子を眺め、内村はちらとアイリスを一瞥する。やはり機械じみた無表情だ。カールトンの前でだけその顔なのだから、おそらくはカールトンがそうしろと命じているのだろう。名を呼ぶな、微笑むな、オーナーと呼ぶな――とんだオーナーだ。
 カールトンがアイリスの方へと向き直り、その目から眼帯を取る。アイリスも手に何かを持っていた。白い帯――包帯だ。
 アイリスが身を乗り出してカールトンの後頭部へと包帯を回す。それを黙ってカールトンは受け入れる。互いに慣れているようだった。
 慣れていないのは内村だけだ。
「……おいおい、ちょっと?」
「僕はhIEが嫌いなんだ」
 両目に包帯を巻き終わったカールトンが、しかし両目が見えているかのように内村の方へと顔を向けてくる。
「見たくないんだよ」
「……見えないんじゃあ何もできねえじゃん」
「この洋館も道路も工場敷地内も構造を全て暗記している、何も困ることはない」
「出たよ天才風発言!」
 誰だって視界に入れることさえ嫌になるほど嫌いなものはある。けれど、彼のhIE嫌いがここまで根深いとは思わなかった。
 カールトンはhIEを嫌っている。本心から嫌っている。それは確かだ。
 なら、なぜ。
「……カールトンはhIEが嫌いなんだよな」
「また僕の機嫌を損ねて一日無駄にするつもりか?」
「違えよ。ちょっとした質問だ。……hIEが嫌いなら排斥派を止める理由がないだろ。確かに工場保守が今の君の仕事かもしれんけど、別に金に困ってるわけでもねえんだし」
 アイリスから服に似合う華奢な杖を手渡された状態で、カールトンの動作の一切が停止した。それは一瞬だけだった。大きなため息が彼の硬直を解く。それは呆れから生じたものらしかった。
「……調べていたのか」
 何を、と聞き返すほど内村は愚かではない。
「取材対象周辺に関してそれなりに事前調査はしておくってもんよ」
「時間だ、行くぞ」
 振り切るようにカールトンは歩き出した。ふわりと上着の裾が広がる。華奢な美少年だから、そういった動作が様になる。
「……今日の僕はそこまで機嫌が悪くない。話してやる。僕が話してやろうと思える範囲の話をな」
「取材対象としてはかなり難易度の高い坊ちゃんだなあ」
「今日の僕は機嫌が良いわけではない。海に沈めてくれと言うならそうするが」
「ごめんなさい何も言ってないです」
 何だこの物騒なやり取りは。
 カールトンがふとこちらを見遣るように顔を向けてくる。それは瞬きのタイミングが悪かったなら気付かないほど、僅かな動きだった。けれど内村はそれを見ることができた。
 ――微かに口端の上がった、カールトンの横顔を。
 カールトンの背中が廊下へと去っていく。それを、呆然と見送る。
「……へえ」
 呟いた。
「あいつ、笑えるんだ」



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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei