短編集
1. HEARTLESS (5/9)


 工場見学はあっさりとしていた。当然だ、全て機械制御、加えて危機管理すらAI制御。人間ができることとすればパネルの点灯やベルトコンベア上の物体を眺めるだけだ。
 適当に写真を撮るだけで工場見学は終わった。けれどそれで問題はなかった。
「あんたの目的は僕の過去を探ることだ」
 工場内部を一望できる高さの窓から足元を眺めつつ、カールトンは口を開いた。
「あんた達記者にとって僕の過去は悲劇的だ、美味しい話題になる」
「自覚はあると」
「十分にな。……けど僕がそれについて話すことはない。今の僕にとって本国での出来事は無価値なんだ、それを他人に話してもメリットがない」
 両目を塞いだ状態のまま、カールトンは製造業務の続く階下を見つめている。肩を竦めた後、内村はその視線を辿るように階下を見下ろした。
「じゃあ何でこの仕事をしているかくらい教えてくれよ。辞めなかった理由、この業界に関わり続けている理由――排斥派に工場を譲らない理由。そのくらいは教えてくれなきゃ帰れねえよ」
 カールトンは答えなかった。答えを探しているような沈黙だった。ズボンのポケットに両手を突っ込み、内村はガラスの向こうの景色を眺める。ベルトコンベアに載せられた部品が、掴まれ、釣りあげられ、金属加工よろしく他の部位と接着されていく。やがてそれに樹脂めいた表皮が被せられ、人間の形へと近付いていく。
 人間の形をした物が、作り上げられていく。
「……ここしかなかった」
 ぽつりと聞こえてきた声は小さかった。
「……小さい頃からこの分野を勉強し続けていた。僕のことを皆天才だと騒ぐけれど、僕には他にできることがない。家にいても……姉さんがいない」
 囁くような声が漏らしたのは、郷愁に似た涙声だった。ちらりと顔を窺い見ても、その目に悲しみが宿っているかどうかは見ることができない。聞き間違いだったかもしれない。けれど、そう聞こえたのは気のせいではないだろう。
「……君にとってお姉さんは大切だったんだな」
「あんたに何がわかる」
「わからんよ。俺達は他人だからな。hIEなら他の機体と情報共有できたんだろうけど」
「……つくづく人間は社会形成に適していない生き物だな。情報共有が重要となる生存形態を選択したというのに、的確な情報共有ができない。不完全な生物だ」
「けど人間だからできることがある。それが言葉だ。言葉はそいつの主観的な見解を他者に伝達し、議論を起こす。その営みだけは機械にはできねえことだ。だから俺は記事を書く」
 ぐ、と握り締めた拳を見つめる。
「人の手で、書き続ける。それは主観的で自分勝手で誘導的だけど、だからこそ読者に意見を持たせることができる。人間を人間たらしめることができる。それをやれるのが記者だ」
「……暑苦しいな」
「悪かったね熱血真夏野郎で!」
「そこまでは言っていない。……あんたにとっての人間は、意見を持てることなんだな」
 その声も、目が隠された表情も、不機嫌なものではなかった。嘲笑っているものでもなかった。納得しているような、噛み締めているような、そんな。
「なら議題だ。人間から相違を奪ったら僕達はどうなると思う?」
「相違ってのは個性のことか。人によって異なるもの、個人を個人と認識するためのドッグタグ。それがなくなったら……人間は人間を区別できなくなる。猿の群れの中の一個体を見分けらんねえのと同じだ。人間社会が成り立たなくなる。家族と赤の他人の見分けがつかねえんじゃ家族という社会が形成できんよ」
「一昔前の考え方が混じっているな」
 口の端を持ち上げ、カールトンは静かに口を挟んできた。
「外見の独自性は己を誇示するものではない。人間の本質は外見ではなく、他者や環境に容易く左右されるほど柔軟で軟弱な思考変化だ。つまり外見ではなく思考が個人を個人と固定するドッグタグになる。思考の差異が己と他者を分ける」
「でも可愛い子と可愛くない子は別物でしょ」
「着眼点としては間違いではない。本来人間は視覚情報に多く頼り生活している。人間を人間だと認識するのも、個人を個人と認識するのも相手の”かたち”を見ているからだ。――人間が人間という二足歩行種になった頃、人間以外に二足歩行をする生き物はいなかった。であれば”二足歩行をする生き物が仲間である”と脳は認識する。”かたち”が己と同一か否かによって人間は相手が同胞かどうかを見分ける。だから人は二足歩行のキャラクターを好んで量産する。”かたち”を人間に近付けることで人間の本能的同胞認識を引き出している。だがそれだけだ。人間の”かたち”をしていてもしていなくても、同一の思考を保持していると判明した瞬間人間はそれに同胞意識を抱く」
 話は段々と別の話題に変わっていた。姉について言及しようとした内村の言葉は、やがてカールトンによって人間の本能的同胞意識の話へとすり替わっていた。けれどそれを止めようとは内村は思わない。こういった、論点のずれていく過程もまた、内村が望む人間らしい現象だった。
 人は話す。言葉を用いる。そして言葉は主観的な主張しかできない。
 だからこそ、できることがある。
 常に客観的であり続ける機械にはできないことが。
「映画でもよくあるだろう。見た目が人間ではない別世界の生物と理解し合い、協力し、困難に打ち勝つという描写が。――人間の本能的同胞意識は見た目に依るものじゃない。人間の本質は”かたち”じゃない。思考だ。だから」
 カールトンの声は段々と熱を帯び、刺々しく強くなっていく。
「機械に相違を与えてはいけないんだ。機械に個性を、思考を与えてはいけないんだ。それを持っていると人間に錯覚させてはいけないんだ」
 それはアイリスへと怒鳴った声音によく似ていた。杖を掴む手に力がこもる。細い指が杖を強く圧して歪む。
「hIEは思考に似た動作をし、その上でオーナーに同意する。人間は同胞からの完全共感を得たと誤認識し、やがてhIEに同胞意識以上の感情を抱くようになる」
「けど奴らは機械だ。それを誰もがわかってる」
「それは彼らが人間然としているからこそ生じる意識だ。『これは人間に似ているが人間ではない』と意識的に意識させることで己を道具以上人間以下に保つ、一種のアナログハック、意識の矯正だ。……通常はそうなんだ。けど、人間の脳はそこまで発達していない、人の”かたち”をした物を同胞ではないと認識できるほど進化していない。何度も意識的に再認識を繰り返さないとhIEを人間と認識してしまう、それほどに馬鹿で単純で……見た目で敵味方を判断する原始的な知性が何千年経った今も残り続けている、未進化生物なんだ」
 へえ、と内村は目を細めてカールトンを見つめた。その手を、腕を、顔を、くまなく見つめた。
 そこに隠されたカールトンの本心を、見出していた。
「……なるほどね」
 そっと呟く。
「それで、あんたの姉さんは死んだと」
「……知ってるんじゃないか」
「噂程度なもんだった。根拠がないんじゃ記事にできねえ。――君の姉さんは当時オーナー契約していた男性型hIEと一緒に突然失踪し、後日死体で発見された。男性型hIEの手と自分の手を赤い糸で固く結び合わせた状態で。これは事実ってことか」
「訊くな。もう確信しているんだろう?」
 低い声は怒声に似ているが、しかし覇気がない。カールトンはその場に突っ立ったまま、ただ杖を強く握り締めるだけだった。ガラスの向こうに並ぶ人型の何かを怒鳴るでも壊すでもなく、ただ、そこに立っていた。
 怒りのぶつけ方を知らないかのように、全身を力みで震えさせながら、声に怒りをにじませながら、立っていた。
「……姉さんはhIEに殺された」
 震える声が通路に木霊していく。
「hIEのせいで誤認識をして、hIEのせいで自殺させられたんだ」



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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei