短編集
1. HEARTLESS (9/9)
***
本土の空は青かった。
「よお、敏腕記者さんよ」
椅子に寄り掛かって背後の窓を見上げていた内村の肩を、同僚が叩く。その手には先日投稿したばかりの記事を表示した端末が握られていた。
「傲慢技術者を捨て身で庇ったhIEなんて美談、よく書けたな。お前らしくもねえじゃん」
「今までのじゃ全然閲覧者数稼げなかったんでね」
「でもこれはやりすぎじゃねえの?」
ひら、と同僚が端末を振る。
「書き方が悪い。hIEへの同情が集まる一方、技術者の方は大非難だ。従順なhIEに我欲のまま人間を傷害させたってな。いくらhIEのPRを目的にした記事ったってこれは……知ってるか? その技術者、昨日自殺したって」
「ああ、家でhIEの腕と一緒に発見されたんだっけ」
「嫌だ怖い、そんなことを無表情で言っちゃって。罪悪感とかないわけ? お前の記事のせいで自殺したのかもよ?」
「そうかもねえ」
同僚を一瞥し、しかし背もたれから背後の窓を見上げる体勢を変えることなく、内村は先端が赤く灯った煙草を歯でゆるゆると動かす。
「排斥派に誤情報リークしたの俺だし」
「義眼の件と工場セキュリティの件両方? えぐいわあ。hIEより心がないよな、お前」
「親父の借金返さねえと俺が殺されるんだよ。背に腹は変えらんねえ」
「酷え」
からからと同僚が笑う。「昇給おめでとさん」と言って、彼は部屋の外へと去っていった。それを見送り、そして再度空へと目を戻す。
憎しみを浮かべた灰眼を、思い出す。
「……君は俺を恨む? それとも、いろんなことに気付くのが遅れた自分自身を恨む?」
答えはない。ため息を一つついて、内村は空から目を離して上体を起こした。一人きりの仕事場の中でパソコンへと向き直る。閲覧者数が増え続ける記事を、その文面を見つめる。画面をスクロールし、「心のない人間の屑の末路」「道具を大切に使えないなんて人間としてどうなの」といった言葉が並ぶコメント欄を眺める。
「……おかげでhIEの株は爆上がりだ。きっと君よりも器用に、奴らを愛する人間が増えるさ」
なあ、と呟く。無論答えは期待していない。
「……俺は君のこと、嫌いじゃなかったよ」
窓から風が吹き込んでくる。それは内村の口元から上がる白い煙を広げ、そして空へと導くように巻き上げた。
紫煙が上がる。弔いの煙が、青へと昇る。
解説
2020年08月19日作成
pixiv公式コンテストに出したもの。「アナログハック・オープンリソース小説コンテスト」。世界観をお借りするタイプの小説コンテストだったのでこれなら、とリハビリで応募しました。公開されている設定は【こちら】。
何が大変だったかって上限三万字で書いたのにpixivの小説文字数カウント機能は空白のみならず改行も独自タグさえも文字数としてカウントすることでした。改行するだけで一文字カウントですよ? 改ページするには[newpage]っていうのを入力するんですが、それだけで九字カウントされるんですよ? くそかよって思いました(直球)。結局削りまくってせかせかしちゃったのでpixivの小説機能は嫌いです(直球)。
小説の一部が無料公開されていたのでそれを読んで、dアニメストアさんに公開されていたのでアニメも見ました。「BEATLESS」だったかな? 世界観としてはまあ、うん、面白いと思います。結末は小綺麗なハッピーエンドでした。私はリアリティのある結末を好むのでご都合主義のハッピーエンドは…うん、出来ではなく好みの話になってしまうのでノーコメントです。ハッピーエンドが好きな人は好きなんじゃないですか? わからんが。
このお話は「BEATLESS」より過去の時間軸としました。タイトルはそれに合わせて「HEARTLESS」としましたが、「BEATLESS」が「人型アンドロイドには心がない」っていうのが主軸だったんですよね。でも結局ヒロインのhIEは心を手に入れるので何だかなあと思って私はこうなりました。人ひとりに人間扱いされたくらいで簡単に手に入れられたんじゃ「心がない」っていう設定はかなり軽くなってしまうなあと思って。というわけでこちらは『心を寄せても報われない、突き放しても心はなくならない、結局「心無い」人間達に搾取される』、そういうお話になりました。「”便利”なんて使い方がわかってない人間が使ったらただの”武器”じゃないか!」「自分の有用性を暴力で証明してみせろよ!」「hIEという間違いを世界に叩きつけろ!」ここら辺のセリフが大好きです。自分的にはすっきりしているけどこれを読まされた原作者はもやもやしたかもしれない笑。
メモがてら、閲覧数205、ブックマーク1、いいね1でした。ありがとうございました。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei