短編集
2. 冬の森のファニーニャ (1/4)
ファニーニャの住んでいる森には、大昔からの言い伝えがありました。キンキンに冷えきった冬、ひそかに咲く花があり、それを見つけたならばとてつもない幸せを得られるというものです。もちろんファニーニャはそんな花を見たことはありませんし、そもそもこの森の冬は木々も凍るほど厳しく、花どころか動物さえも雪の下で眠りについているのが普通です。昨晩なんて大吹雪で、ファニーニャは家の中で弟や妹とベッドの上で身を寄せ合って、窓がガタガタと鳴るのをおっかなびっくり聞きながら夜を過ごしたのでした。
けれど森の嵐は気まぐれで、一日もすれば跡形もなくどこかへと旅立ってしまいます。今朝ファニーニャが目を覚ました頃には、外から太陽の暖かい日差しがファニーニャたちを優しく照らしてくれていました。
「ファニーニャ! おそとであそぼ!」
さっそくと言わんばかりに、ファニーニャの隣で目を覚ました妹のアリアーナが布団からバッと飛び出していきます。昨晩は夜の猛吹雪に怖がりきって、ファニーニャにぴったりくっついていたというのに。
「アリアーナは単純なんだから」
くすくすと笑い、ファニーニャはアリアーナを追いかけて外へ出ます。家の屋根下から出た途端、ぱっと太陽がファニーニャを照らしました。あたりは一面真っ白で、きらきらと輝いてファニーニャの目を鋭く攻撃してきます。目を細めて少しだけ眩しさが軽くなった視界で、アリアーナの小さな体が雪の地面にぼふっと消えたのが見えました。ふわり、と金色の長い髪のおさげが宙に舞います。
「アリアーナ! 寝間着のまま遊ばないの! 怖い怖い悪魔のディリアンが風邪を持ってくるよ! ……ほら、リアーフィも着替えて。お父さんとお母さんが待ってるから」
「わかってるよ、アリアーナじゃないもの」
はしゃぐアリアーナとは正反対に、ようやく布団から出てきた弟のリアーフィが、玄関へと来て眠たげに目をこすります。雪の中を走るアリアーナと同じ色の髪は短く癖っ毛だらけで、そしてやはり朝日を浴びて金色に輝いていました。元気なアリアーナとのんびり屋なリアーフィ。二人は見た目はそっくりな双子だというのに性格はまるで逆で、そしてどちらもファニーニャの大切なきょうだいです。
二人を着替えさせ、ファニーニャは居間へと二人を連れて行きます。おはよう、と言おうとした鼻に届いたのは、あたたかくておいしそうな匂いを乗せた風。ごくり、と喉を鳴らしたファニーニャに、すでに居間のテーブルについていたお父さんが「おやおや」と笑います。
「おはようファニーニャ、アリアーナ、リアーフィ。相変わらずファニーニャは食いしん坊だなあ」
「おはようお父さん。……そんなんじゃないもん、お母さんの料理が美味しそうなのがいけないのよ」
「あらあら、そんなこと言って」
湯気の立つ料理をお盆に乗せて、お母さんが台所から出てきます。
「嬉しいやら何やら」
「ついでに言うと、年頃の娘を食いしん坊だなんて言うお父さんはデリカシーがないわ」
「まったく、言うようになったなあ」
ぷん、と頬を膨らませるファニーニャに両親はそろって笑い、先に席について料理を待っていた弟妹が「食いしん坊ファニーニャ!」と口をそろえて叫びます。ますます頬を膨らませたファニーニャに、雪に包まれた森の中の一軒家は笑い声に包まれました。
***
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei