短編集
31. 月を食む (1/1)


 今宵は赤き月が見えるのだそうです。
「イヤイヤお前さん、何を言うのかね」
 貴方様は煙管を軽く振りつつおっしゃいました。
「お月さんが赤いとね? マァタ、奇妙な話を聞いてきたものだ」
「本当のことにございます。月食という現象だそうですよ」
「ハァ、月食、月食。聞いたことはある。が、果たしてまれているのは月か我々か。ハハァ、そうかねエ」
 ふふ、と貴方様は楽しげに目元を笑ませます。面白味のないお方、とわたくしがそっぽを向きますと、これまた楽しげにカラカラとお笑いになるのです。それを横目で見て、けれどわたくしはさらに頬を膨らませてみせます。そうしたらいつか、貴方様は「ヤアヤア済まなかった、済まなかった。そう怒らないでくれたまえよ」と慌てなさるのですから。それが可笑しくて可笑しくて、わたくしは膨れ面を続けていられなくなるのでしょう。
 ねエ、貴方様。
 今宵は赤き月が見えるのだそうです。けれど、本当のところを申し上げますと、月が黄がかっていようが白かろうが青かろうが、わたくしにはどうとでも良いのでございます。
 貴方様が楽しそうにされるのなら、わたくしにとって月の色などどうとでも良いのですよ。


解説

2021年05月26日作成

 月を食む
 今宵もまた、面白味のないお方との面白き日々にございます。

 お題なし古書シリーズ。スーパームーンで皆既月食の日でした。
 スーパームーンとかって言い方が頻発するようになったの結構最近ですよね? 十年前にはなかった。大きな月だとか小さな月だとか、そんなことを気にしたこともなかった。今日は近いなあとか明るいなあとか、その程度で、科学的根拠に基づく不格好な名前を月につけて欲しくなかった気はしますね。古風な日本語がたぶんあるので。
 とまあ愚痴ったところで世情に逆らえるわけもなく、風情を装い逆らったところで冷笑されるのがオチというものです。
 ちなみにお月さまは雲が厚くて見えませんでした。部分月食の時間帯にちょこっとだけ雲間から、まあ言われてみれば赤っぽいかな、という光は見えましたが。普段は気付いた人だけが見つめてくるのに今宵ばかり注目されて恥ずかしがったのかもしれません。


前話|[小説一覧に戻る]|次話

Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei