短編集
34. 柳と蛍 (1/1)


 髪の綺麗なおなごでありました。さらり、という音が聞こえてくるような、思うがままに筆を走らせた水墨画がそのまま形を成したかのような、光に透けて仄かに輝く様は月光の如く、それでいて白き背を伝う様は闇夜の如く。
 美しいおなごでありました。その鼻立ちは紙に描かれし西洋の儚き乙女のよう。それでいて浮世絵に描かれしふくよかな女人のよう。頬は赤らみ、滑らかな曲がりを保ち、唇は柔らに艶を得、寂しげに弧を象り。
 彫刻にて形取られし花火、東西の美を全て描き込まれ刻み込まれた美という名のもの、美なる概念が形を成したもの。
 ある者はそれを愛らしいと称し、ある者はそれを輝かしいと称し、ある者はそれを近寄り難きと称し、ある者は清きと称し、そしてある者は人ならざるものであると称するのでありました。
 さて、おなごはこのところ、橋に立ち、祇園の灯火を遠目に眺めるのでございますが、私はそれを数日の間何も申さずに橋の縁から眺めるのです。おなごの背を、時に顔を、着物の裾を、眼差しを、うなじを、ただひたすらに眺めるのです。行き交う人々がしきりにおなごへ話しかけ、時におなごを描き、時におなごへと婚姻を求め、その全てに言葉なくほほえみを返すおなごをジイと見つめるのです。そうして数日が過ぎてようやく、私がその隣に参りますと、おなごはこちらへとを向けて「お久しゅうございます」と微笑むのでありました。
「あれから幾年月を経ましょうか」
「いやなに、ほんの一年だ」
「左様にございますか。左様にございますか。ではわたくしは此度もまた、あなた様にお会いできたのですね」
「次はいつ」
「また祇園にわたくしの光が灯った頃に」
 言い、おなごは笑うのでありました。
「また逢瀬が叶いますように。橋のたもと、悲しみの柳の木の下に留まるいにしえの御方、あなた様に。この幾度もの逢瀬があなた様の年月を慰めますように」
 言い、おなごは今年もまた、橋の向こうへと身を乗り出して落ちるのでした。墨のような髪が、華々しい着物の裾が、闇夜の中へと溶けて消えて沈んで、そうして一つの蛍の光に変じてスウと飛び行く様を、私はこの幾百度もの時の間、繰り返し繰り返し見守るのでございます。
 おなごは毎年、橋へと舞い戻ります。新しい命として同じ姿で橋に降り立ち、そうして私はおなごを眺めます。
 それが、私と彼女のひとときの逢瀬なのでありました。


解説

2021年06月16日作成

 柳と蛍
 幾度目の夏の逢瀬が今年も叶いました。

 「髪の綺麗なおなご」を描写したかった記憶。そこから京都の橋を思い出して、川の端に柳だったかしだれ桜だったか、そういうのがあったなあなんて思い出して、妖艶というか少し妖しい感じにしてみたらこうなりました。怪奇と呼ぶには優しすぎるかな?
 私にとって柳はシェイクスピアの悲劇と繋がるので、雰囲気が死に近くなりますね。でも彼らはまた会えるのでしょう。天を流れる川に親しい二人と同様に。


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei