短編集
37. ゆびきり (1/1)


 ゆびを切るのは嫌、とマヤちゃんは泣いてしまいました。
「いやよ、だって痛いもの。痛いのはムシできてもなくなりはしないのよってババ様言ってたもの」
「でもゆび切りが約束のやり方なんだよ」
 ツカサくんは尖った耳と透けた蝶の翅をしゅんと伏せます。
「血肉による盟約だ。ぼく達精霊人は六本目のゆびを切って魔女に渡し、魔女はそれを材料にした薬を飲んで不死となる。何百年と交わされてきた契約のやり方だよ」
「でも痛いんでしょう?」
「痛くないと契約の重みがないから」
「そんなのおかしいもん。痛くなきゃいけないなんておかしいもん。ずっといっしょにいたいだけなのに、つらい思いをしなきゃいけないの、ぜったいおかしいもん!」
 だから、とマヤちゃんはズイッとツカサくんに顔を寄せます。ツカサくんは思わず仰け反ります。それでも、マヤちゃんはプンプンと怒った様子で頬を膨らませたまま言いました。
「痛くないやり方をマヤが見つける! それまでケイヤクはお預け!」
「いや、でも、精霊人と契約しないと、きみ魔法使えないよ」
「魔法が使えなくても見つかるもん! 見つけるもん! だから、ツカサくんはそれまでマヤといっしょにいてね」
 約束だよ、とマヤちゃんは言います。ツカサくんはパチパチと目をまたたかせた後、少しだけ悲しそうに微笑んで、そうして「うん」と頷きました。
「……ずっと一緒にいるための、契約、なのになあ」
 精霊人の寿命は数百年、魔女見習いの寿命は八十年。魔女は本来、短命なのです。
「楽しみにしてるね」
 ツカサくんの言葉に、マヤちゃんは「まかせて!」と笑います。そうしてその小さな両手でツカサくんの六本指の手を包み込みました。
「いたいの、いたいの、おことわり!」
「……まだ、痛くないよ」
「これからも痛くないの!」
「うん、そうだね」
 ツカサくんはマヤちゃんをぎゅっと抱きしめて、小さな口づけを頬に落とします。マヤちゃんは「くすぐったあい」と楽しげに笑いました。


解説

2021年07月06日作成

 ゆびきり
 願いが叶うその時まで、そばに。

 Twitterのフォロワーさんにタイトルをいただいて書きました。
 ゆびきり、というのは遊女が男性へ小指を切って渡したことから来る約束の仕方だそうですね。そうなると怖い話にするのもありだったんですが、ここは「童話」とのことで優しいものにしてみました。童話にも怖いものはあるけどね。
 契約をしないと魔法が使えない少女は、魔法なしで契約代わりの方法を見出せるのか…八十年間だけ共に過ごすエンドもあり、愛が契約を超えるエンドもあり、他のエンドも考えられるお話になりました。こういったやさしさのお話は私らしい気がします。


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei