短編集
38. 春に死体を埋める話 (1/1)


※注意
死体描写あります。




 人は死ぬと、とても大きな荷物になります。縦長の胴体のみならずその上下に長い手足が四隅についていて、しかもそれは関節という部位のせいで三百六十度ぐるぐると回せるわけではないのです。さらにその先にはそれぞれ五本ずつの指、計二十本もの小さな先端が付いております。これもまた曲がる方向と角度に限界がありまして、些細な部位ではあるもののあちらこちらに引っかかる構造をしておりますものですから――ものを掴むという特性上仕方のないことではあるのですが――指や爪や皮膚が物に引っかかって運搬を邪魔したり、時に剥がれたり、それはもう散々なのです。
 しかもこれが殊更厄介なのですが、人の肉体は腐るのです。下手をすれば虫が卵を産みます。臭いますし溶けますし、虫がわらわらと湧き出てくる様は考えたくもないものです。さて、腐乱までの時間は気温と湿度とその他の外的要因に依りますが、何はともあれ夏は避けるべきでしょう。肉の溶け具合の遅い寒い時期、もしくは夜などの冷えた時間帯がおすすめです。ですが冬となると雪を掘り返すので体力も時間も使いますし、地面深くにしっかりと埋めないと雪解けと共に露呈し大騒ぎになります。腐りかけの人間などこれ以上なく醜悪ですから、誰であれすすんで見たくはないものです。
 となると候補は春か秋、それも夕方から夜にかけてが良いでしょうが、その先はその人の好みに依りましょう。わたくしでしたら春をおすすめいたします。桜の木の下には、と申します通り、春の花々の見事なまでの美しさは死体の腐乱臭と大変相性が良いのです。あれほど醜いものを足元に置けば、花々も殊更に妖艶に、人々を魅了し気を狂わせるほどに、あの世の花の如く美しく咲くことでしょう。
 ですからわたくしはこれをこの木の下に埋めようと思います。この木は無論、桜の木ではございません。わたくしの好きな花、ハクモクレンの木にございます。この純白よりも白い花弁、肉厚な花弁、内側の神秘を隠す乙女の羽衣の如し輪郭が好ましくてたまらないのです。この美白が人間の死体の醜さを吸い上げ浄化し昇華してさらに輝く光景など、想像するだけでもが止まりません。ええ、違いありません。この木に人の死を与えたのなら、地獄よりも地獄、さぞかしわたくしの気を人ならざるものと見紛うほどに狂わせてくれることでしょう。


解説

2021年07月20日作成

 死体を埋めるならどの季節? というツイートを見かけて思わず書いていました。私は春です。理由は作中に書いた通り。小説のようなエッセイのような…さてどちらでしょうか。
 ハクモクレンは小中学校の時の通学路でよく見かけてました。学級文庫だったかな? 教室に置かれていた本の中にクレヨン王国シリーズで「クレヨン王国の花うさぎ」っていう話があって、キラキラな夢を体感できるファンタジーが好きだった当時は微妙にリアリティのある当シリーズが苦手だったんですが、ラストの花うさぎが咲く(生まれる)シーンがとても好きで、ハクモクレンを見ては「花うさぎが咲いた花だ」って思ってました。蓮の字が名前に入っているだけあって、天へと咲く様子が神々しくて好きです。


前話|[小説一覧に戻る]|次話

Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei