短編集
43. 夢の断片の話 (1/1)
私の祖父は鮮魚店を経営していた。けれどその日はなぜか雑貨屋の店長をしていて、古くからの商店さながら、焦点の合いにくい色とりどりの雑貨の中、婦人向けシャツを数枚下げたハンガーラックに隠れるような位置にある古い椅子に座って新聞を読んでいた。私はいつものように店の奥へ繋がるアスファルトじみた硬質な通路を歩いて祖父母の家の居住空間へと向かうのだけれど、辿り着いた先は祖父母と同居している伯父夫婦の居住空間なのであった。真新しいフローリングの床と同じ艶の壁、そして天井。そこでは菓子を主にした商品が数多く棚に並べられている。祖母はというと嬉しげに私を出迎え、「買っておいたんだよ」と私に同種の菓子を数個渡してきた。アーモンドナッツのような形の、けれど果物と一目でわかる見かけをしたフルーツの味を模したチューイングソフトキャンディである。私は殊更にこの菓子を好むのであった。あなたのために、なんて言われて断るわけもない。さっそく封を切り銀の包装を剥がして口に放り入れる。
果たしてその味はさほど甘くはなかった。果物独特の、動物を誘う魅惑の甘味は強くなかった。例えるなら、歯応えの柔らかいフルーティなアーモンドナッツであった。けれど私はその味が好きで、その菓子を五、六個程一気に貰ってご満悦なのであった。
祖母は私にフォトアルバムを見せようとした。フォトアルバムのようでいて、白い大きな和紙に包まれた浴衣のようにも見えた。何にせよ私と祖母を繋ぐ思い出の品である。祖母はよく母が渡した私達のフォトアルバムを眺めていたし、私は祖母に作ってもらった浴衣以外の浴衣を持っていない。
祖母は嬉しそうであった。遠目に見た新聞越しの祖父も見覚えのある赤ら顔だったように思う。黄泉へ渡って行った祖父と祖父の死を機に認知症を患い幼児めいてしまった祖母の、今は見ることの叶わない姿を映した、そんな夢を見た。
解説
2021年09月15日作成
夏目漱石「夢十夜」を読んだのでその真似をしてみたなど。とはいえ第一夜でやめましたが。夢を小説の形にするのは難しいね…話の展開がわけわからんし結末もなかったりする。記録と小説は読後感が違うので「記録」ではなく「小説」として、となると途端に難しくなる。
以前の小説にも書いた気がする父方の祖父母の話です。たまに夢に見るのよね。それも、元気だった時の二人を。風景は随分と奇怪だったけれど二人への印象は私の記憶通りでした。当然と言えば当然。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei