短編集
6. いつかあなたが散る時は (1/1)


 脆い心に触れたかった。あなたはいつも一人ぼっちで、いつも皆の輪の端で小さく笑っている。まるでヒビの入ったガラスの花瓶のように、その部分だけ光が乱反射してキラキラと輝いているのだ。傷だらけの心、そこに生まれる無傷では得られない輝き。まるで凪いだ水面のようなあなたの笑顔は他の誰の満面のそれよりも澄んでいて弱々しくて、目が離せない。
 そのきらめきに触れてみたかった。もし私の指先がそのヒビへ触れて、ヒビがさらに広がって、やがて粉々に砕けてしまおうとも、私は構わない。あなたにとっては大きな意味を持つ絶望なのかもしれないけれど、私にとってその瞬間はきっと何よりも輝かしくて美しい。透明な欠片が目の前で四散する様子を見るのが待ち遠しくてたまらない。花が散るよりも光が降り注ぐよりも動的で静的で綺麗なもの。何度否定されようと何度だって伝えるよ。誰も気付かないけれど、あなたは素敵な人。とてもとても、美しい人。
 だから私は手を差し伸べたのだ。世界の片隅、誰も目を向けないようなありきたりな街の角、風景画にも劣る人気のない公園の錆びたベンチに座るあなたへ、私は微笑んだのだ。
「もし良かったら、友達になってくれますか」
 突然の誘いにあなたは呆然として、そして喜びに頬を緩ませる。今まで見たことのないその笑み、その感情。それらはきっとあなたをさらに美しくするヒビになる。友達になろう、だなんてそのための前座。あなたを華々しく壊すための前置き。いつかあなたはこの世の何にも勝る美の化身となり、誰もがあなたの価値に気付く。
 そう、これはあなたのための嘘。


解説

2021年02月16日作成

 いつかあなたが散る時は
 あなたは花にも光にも例えがたい、美しいものになるのでしょう。

 ツイッター診断メーカー「あなたに書いて欲しい物語3」から【しじみさんには「脆い心に触れたかった」で始まり、「何度だって伝えるよ」がどこかに入って、「それはあなたのための嘘」で終わる物語を書いて欲しいです。】というお題で。
 人が絶望に落ちる瞬間が綺麗っていうこともあるよねっていうアレです。もしくは「絶望する瞬間こそ輝く人もいる」。そこに目を付けた人の話。この後予定通り「あなた」を壊すでも良いし、結局思い通りにいかず「あなた」の他の美しさに気付いてしまうパターンも良いと思います。
 繊細なガラス細工をただ眺めるのも素敵だけど、それを壊すのもまたわくわくするよね。きっとわからない人もいるけどわかってくれる人も一定数いると思います。万人がこの感覚を理解したらちょっとあの、うん、問題かな…


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei