短編集
4. 嘘つきの魚 (1/1)
川に青い魚がいた。鮭よりも小さいが、ヤマメよりは大きい。川は澄んでいて、泳ぎ心地が良かった。たまに虫や木の実が落ちてきたりする。魚にとっては楽しい出来事だった。
「ねえねえ、青いお魚さん」
声に尾びれをひらめかせて振り返れば、鮎が小さな体をくねらせて泳いできた。
「何で、水の中にいないで生きていられる生き物がいるのかな? どうやって息をするんだい?」
「えらじゃなく口で呼吸するのさ」
青い魚の答えに鮎は目玉をくりくりさせた。
「口で? 口で呼吸していたら、餌が食べられないじゃないか。まさかえらで食べるのかい?」
「いや、口で食べるのさ」
「口! 呼吸も食事も口だって! 馬鹿馬鹿しい、やっぱり嘘つきだな君は!」
鮎はけらけらと笑った。そして銀白色の腹をきらめかせながらどこかに泳いでいった。
青い魚はゆったりと川底から水面を見上げた。きらきらと光っていて、ちょっと眩しかった。
「おやおや、青いお魚さん」
水面に波紋がいくつか浮き出して、青い魚はそちらを見た。アメンボがすいすいとすぐ上にやってきた。
「真っ直ぐな木の枝が川に刺さっていると、曲がって見えるんだ。何でだろう?」
「光の屈折の関係さ」
青い魚の答えにアメンボはすいすいとその場に円を描いた。
「光のクッセツだって?」
「水の中にある部分の枝を君が捉える間に、水面で光が曲がるんだ」
「言ってる意味がわからないよ」
アメンボは長い足で苛立たしげに水面を叩いた。
「光が曲がるなんてありえないし、第一ぼくが訊いたのは木の枝の話だよ? 全く、噂通り君は無茶苦茶なことばかり言うね」
ぴしゃんと水面を叩いて、アメンボはすいすいと波紋を残しながら足早に去っていった。
青い魚は川の流れに沿って泳いだ。緩やかな流れが体を包んで、冷たくて気持ちいい。
「あらあら、青いお魚さん」
ぽちゃんと蛙が青い魚の元に沈んできた。
「魚はなぜ足がないの?」
「ひれがあるからさ」
青い魚の答えに蛙は舌をちろりと出した。
「へえ?」
「ぼくらはひれで泳ぐ。君たちはひれがない代わりに足があって、それで泳ぐ。魚に足は必要ないのさ」
「必要ない、ですって!」
蛙は川底を蹴ってぴょーんと跳んだ。じゃばっと川から飛び出して、じょぶっと川に飛び込んでくる。
「ばっかじゃないの? 足がないから、あんたたちはジャンプもできないし、陸に行くこともできないのよ。必要ないんじゃなくて、わたしたちみたいに進化できなかったクズってことよ! 夢ばっかり話すお魚さんね!」
オタマジャクシの頃にはなかった足でもう一度跳び跳ねて、蛙は青い魚の視界から消えた。今度は戻って来なかった。
青い魚は近くの岩の陰にそっと移動して、そこでじっとしていた。何度か川底に影が一瞬差した。
しばらくして、青い魚は水面に近付いた。
「あ、やっと見つけた」
バサバサと音がして、カワセミがやってきた。
「ちょっと良いかしら青いお魚さん」
「何でしょう」
「よくお空に見たこともないほど大きくて煩い鳥が飛んでいるのよ。話しようとしても無視して飛んでいくし、馬鹿みたいに固くて、鳶がよくぶつかって怪我したり死んだりしてるらしいわ。何とかできないかしら」
「それは飛行機ですね」
「ヒコウキ? 誰よそれ」
青い魚の答えにカワセミはくちばしを鳴らした。
「人間が作った、人間を乗せる鳥です。彼らには耳もくちばしもないので、話すのは無理でしょう。避けるしかありません。極力近付かないことです」
「そんなこと聞きたいんじゃないわ」
カワセミは羽をばたつかせた。水面に波が立って、青い魚は一度水の中に戻った。しばらくしてまた水面に顔を出すと、カワセミがくちばしをカチカチと鳴らしていた。
「違う違う! どうすれば良いのかを訊いているの! 空はあいつらだけのものじゃないわ! ちゃんと教えないと! どうすれば話を聞いてくれるのかを知りたいのよ! そのくらいわかりなさいよ!」
ガッとくちばしを向けられて、青い魚は川底に逃げ込んだ。カワセミはあの蛙みたいに食ってやるとか言ってどこかに飛んでいった。
青い魚はしばらく川底にいた。水面を見上げて、きらきらとしたそれをぼんやりと眺める。そして、スイッと川の流れにそって泳ぎ出した。
2014年03月27日作成
嘘は言っていないけど嘘だと思われる。嘘かどうかというのはもしかしたら想像上の判断なのかもしれない。
宮沢賢治の「やまなし」をイメージしながら書いた気がする。
Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.
(c) 2014 Kei