短編集 -五月の雪
1. 消えない味 (3/3)


「ではぁ、これからぁ、ビンゴ大会をぉ、始めるのでぇ」
 会場がざわめく。マイクによって拾われる声はスピーカーによって間延びされ、遠くへと木霊していく。
「よっし!」
 彰人が突然立ち上がった。
「行くぞ、薫!」
「は?」
「ビンゴだ、ビンゴ! 我が運を試す時! 運命の女神に俺の実力を見せつける時!」
「はあ」
「……なんだよ、やる気ないな」
「元からない」
「ったく、ほら」
 す、と目の前にカードが差し出される。真ん中だけ穴が開けられた、ビンゴカードだった。
「……え」
「お前の分」
「何で」
「やろうぜ。どうせ参加費タダだし。どうせ来たなら食べるだけじゃなくて、豪華賞品を持ち帰ってだな」
「なんでもう真ん中開けちゃったんだよ」
「って突っ込むのそこ?」
「ビンゴの醍醐味は始まる直前に無条件で真ん中を開ける事だ。元から開けてあるカードに僕は興味がない」
 ふいっとそっぽを向く。彰人が呆然としたように呟いた。
「……以外とちっけえ思考だな」
「うるさい」
 突き放すように言ったはずなのに、視界の端で、彰人は笑う。楽しげに、面白そうに。
「よぉーっし、一番にビンゴして豪華賞品をゲットしてやる!」
 周囲の目も気にしない勢いで拳を突き上げる。周りにいた家族連れが何事かと彰人を遠巻きに見ていた。はあ、とため息をつく。
「……馬鹿馬鹿しい」
 始めますよぉ、とマイクから声が聞こえてくる。話している人の傍からカラカラという音が聞こえてきた。出ましたぁ、と宝くじのような声を上げて、マイクの向こうで番号が読み上げられた。
「最初の番号はぁ、五十八番!」
 ああ、という落胆の声のなかに、あった、という歓声が混じる。
「ああ、くっそ……」
 彰人はというと、ドリームジャンボを大人買いしたのに一枚も当たらなかったサラリーマンのようにがっくりとうなだれている。鼻で笑い、そして目の前のピンク色の物体を見た。細かい繊維状のものが絡み合い、空気を含んでふわふわとした外見を保っている様子をじっと見つめる。
 単なる砂糖の塊だ。角砂糖をかじるのと何ら変わりない。しかし。
 そっと口を寄せる。唇にふわりとそれが吸い付く。ついばむように口に含むとあっという間に溶けてなくなった。あっけない。物足りなさが不快だ。
 けれど、確かに口の中には、ねとりとした味があって。
「……甘い」
 そこにわたあめの一部が存在していたことを教えてくれる。
 空はもう黒一色になっていて、提灯が映えていた。今日もまた、太陽が沈んだのだ。もう数時間経てば、また太陽は東から昇ってくる。地球の自転が止まらない限り、いつまでもその繰り返しは続く。
 日常も、また然り。
 そう思いはするけれど。
「……いつもと違う時間の過ごし方も、良いかもしれないな」
 もう一度わたあめを口に含む。またあっけなく消える。この一日も、これから重なっていく日々の中に埋もれて、消えていくだろう。
 でも、この味のように、確かな何かが残る気がするのだ。
「薫!」
 彰人が駆け寄ってくる。
「あのな、あのな!」
 歓喜にほころぶ顔を向けてくる。
「一個、開いた!」
「……あ、そ」
「反応薄っ!」
「だってもう七個の数字が言われてたじゃん」
「う」
 彰人ががっくりとうなだれる。その様子に、くすりと笑う。またわたあめを食べた。
 この甘い味は、当分忘れることはないだろう。


解説

2014年09月07日作成
 文藝屋「翆」さんでの夏企画で、お題「わたあめ」。
 ただひたすらにノリの良い会話を書きたかった。彰人のようなキャラや天才という属性はこの後あらゆる作品に登場しますね。好きなんだと思います。シリーズ化するつもりはなかったんですが、固定キャラが単発ものの短編小説に出てくる系のお話を書いてみたくなって、文藝屋「翆」さんのみへの投稿という形でシリーズっぽくなった記憶。薫という名前と○人という名前は好みですね。書きたいことを書きたいように、結末もストーリーもなく書いた即興のお話でした。


←前|[小説一覧に戻る]|次話

Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei