短編集
4. 愛を包んで、手渡して (1/1)


 紙が好きだ。
 手触りは滑らかなものが良い。深い色味もむらなく印刷されていて、できればグラデーションのかかったものが好みだ。金の箔が入っているものも綺麗だけれど、それなら部分ニス加工の方がわくわくする。めくるには重いけれど本の表紙にするには軽いような、そんな厚さだといつまでも眺めていられる。
 箱が好きだ。
 角はしっかりと折られている方が心地良い。少し力を入れても壊れない程度の厚さは必須。ざらりとしたクラフト紙の表面も良いけれど、やっぱり柔らかで肌に落ち着くマットな紙が貼られている方が嬉しい。サイズは片手の上に乗せられる程度、正方形にほど近い直方体が心をくすぐる。色は単色、濃い色ならなおさら良し。淡い色にするのなら水彩画のように滲んだ柄だと美しく見える。
 文具屋さんが好きだ。本屋さんも好きだ。百円均一店も好きだ。そこには様々な紙があり、箱がある。包み紙もあれば印刷用紙もあって、プレゼント用の紙袋もあればキッチン用のごみ袋もあって、中身が見えるように蓋の中央にビニル箔を張ったものもあればケーキの箱のように横から中身を引き出せる形のもあって、それはもう様々、様々なのだ。
 だから私はこの時期が好きだ。誰もが菓子を作るために食品コーナーに群がる中、きっとその人達にとっては数分眺めて好みの柄を選ぶだけのラッピングコーナーで、私は何時間もの時間を過ごす。学生と見間違われることはないけれどおばさんと呼ばれることもまだない、そんな年頃の私が人の出入りの激しいコーナーを延々とうろついている様子はかなり不思議なようで、店員さんにかなり注目されてしまう。けれど止める気はない。だって子供の頃のクリスマスが二月に移動したようなものなんだもの。
 今年は何にしようか。そんなことを友達と話しながら菓子の写真がおしゃれに印刷された箱を眺める学生らしき年下の子達を横目に、私もまた同じ問いを心の中で呟く。
 今年は何にしようか。
 少し前は豪華で種類が豊富な包装紙が人気だったけれど、今の流行はクラフト紙だ。レトロな感じに仕上がるし、手触りも印刷用紙や教科書とは少し違うから特別感がある。けれど薄いから破れやすい。一般的な包装紙よりもつるつるしていないから煌びやかではないし、使い捨ての包装紙というイメージもないわけではないから、渡す相手のことを考えて選ばないと勘違いをされてしまう。
 箱はどうしようか。最近は可愛い柄の紙カップやタッパーもあるから、それに入れるだけでもおしゃれになる。友達とのやり取りならそのくらい気軽な外見の方が盛り上がるかもしれない。けれど意中の相手への贈り物なら断然、角のしっかりと折られた箱が良い。ちゃんと蓋のある、贈呈用の箱だ。段ボールを折って作るなんて論外、ここはぴしりと決めたいところ。だから蓋を開けて中の様子も確認する。ハードカバー本の見返しのように表面と同じ紙で内側の天と地を隠しているものなら高級感が出る。その分値が張る場合が多いけれどここは譲れない。
 ラッピングコーナーを見て回って、それから私は今年の紙と箱を決めた。箱は私好みの手のひらサイズ。高さがあるから容量もあるし、段ボール紙を二重にして重ねたような分厚い紙が使われているから丈夫で、そして何より角がぴしりと折られていて心地良い。安価なコピー用紙のような手触りが残念だけれど、それをカバーするために包装紙も買うことにした。色は高級感のある暗い青。単色だけれどつやのある表面で、光に照らせば綺麗に照明を反射してくれる。これで包めば箱の造形の美しさをかなり引き立ててくれるだろう。
 全体的に色が暗くなってしまったので、リボンで甘みを足すことにした。黒や青のリボンで色味を合わせるのも良いけれど、ここは季節と目的を考えてチョコのような茶色をチョイス。ふわふわで幅があるからかなり雰囲気が和らぐ。
 ここまで決めれば後は簡単、中に入れるものを考えれば良い。こちらは数分もかからなかった。箱の大きさを考えればケーキ系のものは入らない。一口サイズのものなら箱の形や色を楽しみながら摘まめるだろう。箱が汚れるともったいないから粉はなし、一つ一つを飴玉のようにビニル紙で包みたい。ビニル紙は透明よりもホログラム加工されたものの方が雪に似て季節感が出るし、質素な外見を補ってくれる華やかさがある。
 というわけでチョコを溶かして流し込み冷やして固める、手作りチョコを作ることにした。キャラクターものとハート型、それから星形。このくらいあればにぎやかになるはずだ。
 購入を決めたものを買い物籠に入れて、ついでに気になった箱や紙も買うことにして。この桜柄の包装紙なんて可愛いじゃないか。去年はなかったから新作だ、水彩画のようなにじんだ青と緑の中にピンクの桜の花が転々と散らばっている。まるで流水の上を流れていくかのようだ。春の頃に贈り物をする機会は全然ないけれど、持っているだけで嬉しくなる。
 買い物を終えて私は店を出る。たくさん買ったな、なんて思いながら手に提げた買い物袋の中を見て、そこに入っている一つ一つを見て、ちょっと顔をにやけさせて。
 けれど私は一つ忘れものをしていた。家に帰って、少し休んで、それから早速箱と包み紙とリボンの準備をして、そうしてようやくキッチンに立った時に気付いたのだ。
「……チョコ、買い忘れてた」
 一応の主役を忘れるなんて。
 慌てて買いに走ったのは言うまでもない。

***

 無事にプレゼントを作ってラッピングも完璧に終えて、その後夕飯を作っていたら旦那が帰ってきた。お帰り、といつものように言っていつものように夕飯をテーブルの上に並べて、いつものように旦那と一緒にご飯を食べて。
 一時間かけて作った肉じゃがを五分で食べ切って、旦那は「ごちそうさま」と皿を台所へと置きに行く。その隙に棚の奥に隠していた箱を取り出して、台所へと駆け込んで。
「はい」
 青色の包装紙と茶色のリボンで包まれた、バレンタインの贈り物を押し付ける。
「何これ」
「今日バレンタインだよ?」
「ああ、そういえば」
 会社じゃ何もないから、と彼は言う。そして、箱を受け取って先程まで座っていたテーブルの席へと再び座った。流麗な木目が横に流れるテーブルの上へ、青い綺麗な直方体が置かれる。部屋の明かりを青が柔らかに反射する。
 しゅる、とリボンが解かれる。ずれないようにとシールで固定していた十字部分を、その指が日めくりカレンダーを破るようにはぎ取る。
 びり、と紙が破ける。
 箱の中央に白い部分ができた。深い青色を剥がされたその部分はただの白い包装紙になった。
 リボンを鬱陶しげに跳ねのけて、それからきちりと直角を保っている箱の角へと爪を立てる。びりり、と青が破けて白い断面を覗かせる。中の白い箱と同じ色の、それよりもざらざらとして薄っぺらい断面、それが箱を横断する。
 箱の形を保ったままの包装紙から箱を引き抜いた手が真っ先に箱の蓋を開ける。蓋がテーブルの端に放り投げられる。
「いろいろある」
 物珍しそうに指先がそっとチョコ達を掻き分ける。そして、そのうちの一つを手に取って、飴玉の包装紙のように両端をねじったそれを片側だけこじ開けてチョコを取り出した。口に入れると同時にもう片方の手で包装紙が握り潰される。
 ぱりゃ、とビニル紙がしわだらけになる音が聞こえてくる。
「うん、おいしい」
 旦那が頷く。そして、もう一つ、同じ動作でチョコを食べる。
 その目の前で、使用済みティッシュのように丸められたビニル紙がきらきらと光っている。角をきちりと保ったままの青色が中身を失ったことに気付かないまま内部を晒している。獲物を捕まえ損ねた縄のようなリボンが歪な円を描いている。
「たくさんあるや」
「……一気に食べなくても良いよ。少しずつでも」
「うん、そうする。どうせだから明日会社に持って行って会社で食べようかな。糖分補給で」
 旦那が笑う。ありがとう、とその笑顔が言う。
「毎年ありがとう。俺いつも忘れてるのに」
「ううん、ただの趣味だから」
「料理が得意で助かったよ。俺さ、ほんと料理できなくて」
「今年はそんなに時間かけてないから。簡単だよ」
「いやいや、湯煎ができるだけでもすごいと思うよ」
 旦那が笑う。私も笑う。食べ終わった後の丸められたビニル紙が四角い箱の中に投げ入れられたのを、目で追う。
 ――来年は何にしようか。
 そんなことを、今から考える。


解説

2021年02月05日作成

 バレンタインのお話。バレンタイン関係のお話、過去に書いたなと思って整理していたらけっこう下手だったので(笑)、今書いたらどんなもんじゃろなと思い即興で書いたやつ。ちなみに過去のバレンタイン短編は「ショートストーリー(old)」の21番「処世のおきて」と29番「菊の花」です。
 まあ案の定かわいらしさとかほのぼのさなんてどこかに消えていきました。でも完全にバッドエンドじゃない感じがたぶん私です。紙とは箱とか好きですねぇ~使わないのに買いたくなるやつぅ~冬の桜の良さ同様、誰もわかってくれないけど。別に誰が悪いとかじゃなくて、そういうものだよねっていうお話です。この旦那はきっと悪くない。


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Why, let the strucken deer go weep,
The hart ungallèd play:
For some must watch, while some must sleep;
Thus runs the world away.


(c) 2014 Kei